#長い独り言。
「素敵」とか「可愛い」とか
物に対して評価するとき
本当にそう思った時にしか口にしない。
時と場に応じて右に倣うことはあっても自ら進んでそう思わないものに言うことはない。
美術をやっているから、自分の感覚を曲げてまで思うことに些か抵抗があるのかもしれない。
評価するというと上から目線に聞こえるけれど、単に自分がどう思うかを口にするだけの話だ。
今の世の中素晴らしいもので溢れかえっているせいもある。
デザインも質も何もかも素晴らしく、何もかも似たり寄ったりだ。
何処かで人間の進化はもうすぐ終わると聞いた。
確かにそんな気がしてきた。
だがしかしだからと言って製作をやめるわけではない。
誰が求めようが、需要がなかろうが、いち芸術を造るものとしてひたすら自己満足を追い求める。
評価が良ければ嬉しい、それだけだ。
他人からの評価ばかりでない。
うちなる自己との相談。
私は作品に愛を込めている。
愛とは優しいものじゃない。
怒りも憎しみも悩みも全て一つの愛として作品に込める。
私の作品は感情的だと言われる。
それは不安定であることと同じだ。
描いている私が一番よく知っていて、他人からしか評価できないところ。
それは解明されると同時に飛躍する階段となり足かせともなる。
新しいものを作ろうとするたび、既成の事象に脳を捕られ製作意欲はどんどん減退する。
描きたい衝動と合わない作品に掻き毟りたくなる。
今はもぅ上を目指したいとかそんなものではなくなってきている。
中学まではそれでよかった。
描きたいものを描いて十分に評価を得、師に習い順調に進んできた。
だが今は違う。
進むべき方向は何処か、描きたいものは何か全く分からない。
既成の事象が私の頭を支配している。
これは壁などというものとは違う。
例えるなら宇宙に近い。
その宇宙には何もないが全てある。
新たな道を築くにはその宇宙を抜け出さなくてはならない。
一枚のキャンバスがどのくらいの厚みになるか、どのくらいの階段になり重みになり下か上かも分からない世界で進退するのか。
描きたい欲と忙しい時間のなかで私は生きているうちにそれを見付け出せるのか作り出すのか。
キャンバスの上では私が神であり民である。
全てを司り全てに支配されている。
欲しいのは斬新さでもなんでもない。
引きずり出して普遍とする力。
いわば自己の確立。
だから私は、評価を甘くしない。
自己の真実とはなにか、求めるものは何か模索し正直でい続けることが、師に対し自分に対する礼儀だと思っている。
そのため意にそぐわないものに対して自分の意見を曲げる必要はない。
吸収とはまた違った意味だ。
感情論に過ぎないが私は美術に誇りを持って生きている。
表現することこそ生き甲斐と言える。
By:―――√tune,
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
あなたにはおこがましいですか あなたはとても 人間らしい 人が忘れてしまった生き方を あなたは知ってる あなたが望むのは 普遍的な自己への追求か探求か でもあなたが その気持ちを忘れない限り 見つからないかもしれないけど 近づくことは できると思うし………おせっかいでしたね すみません あなたのような人が まだこの世には居たのですね 少し安心しました 長文すみませんでした 忘れてください
ななしさん
なんというか…感銘を受けました!言い表せない衝撃が心に残ったような感じです。素敵な画家さん(かな?)になって下さい!
どんな作品を作るのか凄く見たいですっ(>_<)v
busy
ななしさん
こんばんは。
私も美術作品や創ることに生き甲斐を感じています(´∀`)
自分のポリシーを曲げないっていうの…分かります。
やっぱり、協調するのは大切だと分かっているけれど、「最後の砦」というか。これを許しちゃあ…みたいな所ありますよね。
私も本心では我が強いです(笑)
そういうのを(創り手の)魂、っていうのかなって思います。
理解されなくてもいいから、意地でも守りたいもの…創り手なら誰でも感じますよね(´∀`)
勝手な感じ方ですが、
あなたと私の創作に対する捉え方が似ているなあと思いました。
性格も作品も、感情的です。
まるで私は学者で、実験をしているような気持ちで作品を創っていると言えます。
何々を創ろう!と考えて空想する時は凄く楽しく、情熱に燃えるのですが、完成するとフッと燃え尽きてしまう。でも、また創作意欲による情熱に身を焦がして、命をすり減らしてひたすらに創る、創る、創る。
友達に言われて初めて気づきましたね。「いつか分かってくれる人見つけなきゃ、死んじゃうよ」と言われたんです。
長々と美術に対する愛?のようなものを語り、感心されたあとに、そう言われました。
さっき言った魂というのは、強固ではあるけど、柔軟に移り行くものだと思うんですね。
私は好きな画家やイラストレーターがたくさんいます。絵だけでなくアニメ、音楽、本、映画、俳優女優etc…
好きになったものがあるだけ、魂は移り行くものだと思うんです。私は絵に関して師匠がいませんでした。だから、「プロ」と言うレベルの方たちの作品や生きざまが師匠 でありました。きっとこれからもそうやって生きていくでしょう。
あなたが良い意味でも悪い意味でも、武士のように意思を貫けるのは、良い師に出会ったからではないかと思うのです。
師がいない私に言われるのも癪かもしれませんが、師は越えて行くものではないかと思うのです。
それは私も常に感じていて、尊敬するクリエイターはいますが、完全にその人になりたいわけではないのです。
今まで教わってきたことが素晴らしく煌めくものだから、その光が消えていくのを感じてしまうと不安になるのは、凄く分かります。
でもあなたは次に行く進路を既に知っているのように思います。
作品を創る度に妥協を許さず、0から100までやり遂げてきたあなただから、本当に不安なのは進むこと自体ではなくて、その先を見てしまう行為からきているのでは?と。私がそうだったので主観的な話しか出来ないのですが…(笑)
次に進むということは、過去を捨て去るということではないのですから、確実な光(目的地)が見つかるまでは同じように進んでも間違いはないのでは?と思います。 やり方なんてどうでもいいんですよ、実は。
生きることと創ることは似ています。生きてればなんとかなりますよ。創れば生きていけるように、生きていれば創れます。
私は同じように周りの人も大事にしてくださいね、と思うのみです。
とても刺激になる、素敵な宛メでした。いつかあなたの作品が見てみたいです(´∀`)
あなたの素敵な心に惹かれて、好き勝手にお返事してしまいました(笑)ありがとう。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください