自分の思うままに生きればいい。そう思うようになって、実際に行動しはじめて2年。
今が一番自由を享受できている。自分の金で、好きな時に好きなものを買える、食べられる。人に迷惑をかけない範囲で、自分の意思で行動できるしそれを咎められない。
縛られないことは私にとってとても素晴らしいことで、気に食わないことに従う必要なんてない。他人の顔色なんてうかがう必要ない。自分がやりたいか・嫌かが判断基準。
今までいじめや過干渉が身近だった反動からか、とても気持ちいい。
でもふと思う。
私は社会に適合できない、自己中心的な人間なのではないか。
誰かに命令や頼まれごとをされること、馬鹿にされること、干渉されること、詮索されること、これらに特に嫌悪感がある。
親しい人間なら受け入れるだろうけど、それ以外なら心中は「お前何なの?喧嘩売ってんのか?」である。
自分でも呆れるくらいに敏感である。
この部分が更に尖っていけば、何かにつけて他人に突っかかり、寄る者全て傷つけるような人間になってしまうかもしれない。
仕事などで社会の一員として生きる以上、これはまずい、避けたい。
社会不適合者になることを避けるためには、2つの道があると今の所思う。
1つ。自己を律して、感情を閉ざす。
これは私が目指すところである。
近くにいる他人(職場など)にはなるべく内面を見せたくない、そして私がそうありたいからである。
何事にも動じない。いかなる時も理性的・論理的な言動。
これを向上させることができれば、誰彼かまわず噛みつくことはなくなるし自己コントロールもできる状態だ。
一時期感情を閉ざすことができていた時期があった。
今思えば防御反応だったのだろうが、とても便利だった。
痛みを感じない状態を意図的に作れるようになれればとてもいい。
2つ。力を付ける。
力とは、仕事の実力、腕っぷし、知性、年収、立場、何でもいい。
自分の意見(前に書いたのだと、気に入らないことを拒む・やりたいことをやるとか)を通すためには、力が必要だ。
相手よりも上回っている、分かりやすい何か。
これがあれば、自分の意見を通すことができる。縛られることは少なくなる。
1つ力を付けるだけでも途方のない努力が必要だ。
その上、何かを向上させれば、他の何かが気になってしまって終わることはないと思う。
私はどちらを選ぶのだろう。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください