こんな小瓶でもいいですか
電子仕掛けの波にまばゆすぎるこの世界で
紛れて漂う小瓶でも
光ることのない小瓶でも
砕けて風化するまで流れに置いて頂けますか
四半世紀がすぎました
イタリアの作品展にだそうと
当時通訳をしていた知人に
翻訳をお願いしたものでした
作品の雰囲気にあう絵をみつけました
作画家が審査員にいる公募を
日本で知人が見つけました
入選はしない場合でも
自分たちで作画家に絵を申込み
海外で出版する予定でした
審査結果はなにも連絡がありませんでした
まだ若い時分でした
文脈を手直ししながら
図書館で調べ物に手をした本
審査員作で類似した作品がでてました
あれから書くのをやめました
いいえ
しばらくしてからは別の作品に
とりかかりました
とまらないのです
自分で書いている感覚はありません
何かに媒介されている機械のように
プリンターのように
社会人になり同僚に話をしたことが
看板になり英語教科書で作品になり
1つなら偶然の喜び、2つなら疑問と嫌悪
3つなら、3は大多数の数字
共感の増加というのならば
それもまたそれで楽しいものかもしれません
人間には共通真理があるはず
誰が形付けても良いはずなのです
海が光るのは小瓶があるからではなく
水があるからです
砂浜の小瓶が光るのは
気持ちがつまっているからかもしれません