ネットで匿名で何かを書くにしても、本当のことが言いづらいという感覚が、ちょっともう限界近く募ってきた。罵詈雑言や人格攻撃はリアルでもネットでもアウトだということに異存はない。でもそうしたものが消えることはなく、その一方で「最適解ではない」発言に対する不寛容、取り締まりが強まっている気がする。いわく、配慮が足りない、価値観の押し付けである、なんか上から目線、などなど。そういう風に批判されて、真面目に受け止めて、次回気をつけるようにする、そういう人間はだんだんものが言えなくなる。
傷つけてはいけない、気分を害してはいけない。意見を押し付けないようにしましょう。共感しましょう。でも分かったつもりにならないようにしましょう。正解はないけど最大限の配慮をしましょう。正解はないけど、不正解はこちらが決めます。つきつめれば、「俺を怒らせるな、察しろ」とどう違うのか。
不正解の排除でつくられてゆく誰かにとっての「優しい空間」では、どうやら私は自分自身でいることができない。今だってこうやって、なるべく感情を殺して、言葉を選んでいる。検閲が自己検閲につながるという仕組みをリアルに実感している。
…疲れた。
私が望むのは、想定していた回答をくれる他者ではなく、誠実に対峙してくれる他者。自己の延長や投影ではなく、世界を広げてくれる他者だったのだけど。そんなことを言っても届かない。あなたの求めた解を出す人間でなくてごめんなさい。さようなら。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
こんな愚痴っぽくかつ抽象的なつぶやきにお返事いただきありがとうございます。
ツイッターなど他のSNSも含めてのモヤモヤをひとまとめに書いてみたものなので、実は宛メやめます宣言というわけでもありません。
2通目様、私も匿名の相手に「とっつき易さ」を意識して書くことはありますが、結局それだってパフォーマンス感が拭えないというか。なにかこう、「不協和音や激しい音の動きが不快な人もいるので、毛糸の手袋をして弾けるくらいのピアノ曲にしてくださいね」とリクエストされるような感じ、と言って伝わるでしょうか。それなら弾きたくないやと思ったりするわけです。そしてそういう音楽ばかり流される空間は私には苦痛です。
宛メに関しては、小瓶はなるべく流す一方で、お返事のスクリーニングには極度に慎重、という印象ですね。批判封じの理由も分かるけど、弊害もあると感じます。私は圧倒的にお返事メインだったので疲れてしまったのかもしれません。
こころの休養のため少しSNS断ちしてみます。特にツイッターはしばらく見ないと気分がよくなるので、デトックス!
自由な言葉は、1通目の方が仰るように、日記や本などでしか存在し得ないのかもしれませんね。
ななしさん
言いにくいことを言葉に表してくださって、ありがとうございます。
文章を読ませていただき、とても聡明な方だと思いました。いつも理知的でしっかりしたご意見なのでしょう。
主さんは、きっと賢すぎるのですよ。
お返事を受ける側は、年齢やバックグラウンドなど様々な方がいるので、レベルを下げるという言い方は変かもしれませんが、単純明快がベストだったりするのでは・・・?
私もどう書けばよいか悩む時はありますが、発言内容がどうこうではなく、とっつきやすい感じがよいのかと推測しています。
「優しい空間」というよりも「易しい空間」かもしれません。
主さん、またいつか戻ってきてくださいね。
ななしさん
ネットではなくても
リアル紙日記で吐き出してみてね
本も読むのいいよ、自伝とか偉人伝とか
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください