死についてのトラウマ。
寝たきりの祖母がいます。私の両親は共働きで忙しかったので、幼少の頃に面倒をみてくれた人でした。
祖母はヒステリックなとこがあって祖父とよく喧嘩をしていましたが、私にとっては優しい人でした。
私が中学生の頃、祖母が認知症になりました。あちこち徘徊したり、被害妄想で騒いだり、本当に色んなことがありました。
高校生になる頃、祖母が倒れて病院に搬送されました。私も母と一緒に病院に駆けつけると、祖母は大人達に押さえつけられて(暴れたのかも)呼吸器を付けられていました。祖母の意識ははっきりしていて、その時私と目が合いました。
その時の目が忘れられなくて。
とても怯えた表情で。きっと本当に怖かったんだと思う。助けてって言いたかったんだと思う。でも呼吸器で喋れないから、目で訴えていた。
だけど無力な私には何もできなかった。
呼吸器が外されたのはマトモに喋れなくなってからでした。それからずっと病院にいます。
私はもうすぐ34歳になる。祖母はもう90歳を迎えたのかな。
祖父は7年前に亡くなりました。
病院に入ってから17年くらいたつのかな。
祖母のことを想うとき、死ってなんだろうと考えてしまう。
死は誰にでも平等に訪れるって言うけれど、死に方はちっとも平等じゃない。
人は簡単には死ねないということを知ってしまった。
昨日まで元気で、次の日に死ねた人は幸せだと思う。
簡単に死ねずに生き地獄を味う人の方が多いのかもしれない。
将来のために努力して生きたって、最期がどうなるかは誰にもわからない。
祖母のような最期は嫌だなって思う。そう思ってしまうことが悲しい。
彼女が何をしたっていうの。何もしてないよね?
ただ真面目に生きてきただけなのに。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
たしかに、病気にならずに、健康に老いてコロリときれいに死ぬのは理想的ですよね。
でも、おばあさまが不幸というわけでもないと思います。
家庭で家族の世話にならなくてよいとか、病院でプロのスタッフに面倒を看てもらえるなど、良いこともあるからです。
入院後も17年もがんばって生きてらっしゃるのですね。生命力が強いと思います。
誰でも、人生の終わり方は思い通りにいかないかもしれません。
たとえ、どんな最期であっても、幼い頃に面倒をみてくれた優しいおばあさまという思い出は残るでしょう。
それは、あなたにとってもおばあさまにとっても、幸せなことではないでしょうか。
ななしさん
なんて優しいお孫さん。
おばあさまは、こんなやさしいお孫さんがいて
とても幸せな方ですね。
確かに私もピンピンコロリで死にたいけど
身体が弱いので癌になって死ぬのかな?とか
かんがえます。
おばあさまは生きる力が強い方かもしれませんね。さあ、後悔しないようにお見舞い行って下さい。オンラインでもいいです。
おばあさまの生きる力のもとになって下さい。
57さいのおばあちゃんより。
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