夜、母親に「バッカじゃないの」って言われました。
私はまた、自己肯定感が低くなりました。「私はバカなんだ」と。一体、今まで何回『バカ』って言われたんだろう。
母親に罵られた回数はもう、とてもじゃないが数えきれない。
あなたは最近、いつ、誰に、どんなことを、どのように褒められましたか?
私は、思い出せません。
母親は『でも』『だけど』が口癖です。
話していると、私の話をすべてを否定されているようでとても辛いです。どんなに良いことがあっても、何も話したくなくなります。
父親は、私が目の前で泣いていると嫌そうに、うざったそうに『そんなことで泣くなんて情けない』と言うので、ひとりで誰にも聞こえないように泣くことが増えました。
そんな中、自分のことを唯一、
無条件で褒めてもらえる日があります。
私の誕生日です。
いいえ、私の誕生日「でした」。
母親は、いつのまにか私の誕生日を忘れていました。父親はかろうじて覚えています。
私は、父や母が誕生日になると、毎年「おめでとう」と伝えていました。
しかし、最近は私が誕生日を迎えると両親は、私が歳を重ねることをバカにするようになりました。
あの日から私は、唯一。
無条件で褒めてもらえる日も諦めました。
そのかわり、
自分の友達が誕生日を迎えると必ずメールを送るようにしています。
私の誕生日にメールが来なくてもいい。
自分がただ、大切な人が産まれた日を祝いたいだけだと言い聞かせて。
(見返りを求めると、本当に相手を祝っているという思いが義務的になり、薄れてしまうから)
最近、私のことを祝ってくれるのは、
会員登録したネットショップのメールマガジンとか、携帯会社のポイント進呈とか、無機質なものが多いです。
とても寂しいです。それは認めます。
でも、相手に同じことを求めません。
勝手に期待して落ち込んだり、相手を不安にさせたり、ストレスをかけたくないからです。
好きな人ができると、
自分がしてほしいことをたくさんしました。
「あなたといると楽しい」
「一緒にいる時間がとても幸せ」
「〇〇のこういうところが好き」
「いつもありがとう」
「愛してる」
「大好き」
全部、私が欲しかった言葉です。
誕生日に欲しいものは、
「せっかく産んだのに期待外れだった」
という言葉ではなく、
「産まれてきてくれてありがとう」
それだけです。
母親は言いました。
「褒められたいのなら、自分から相手に褒められることをしなければ誰も褒めてはくれない」
私は、何を間違えたのでしょうか。
もう少しだけ、生きていたいです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
親に褒められないのは、本当にしんどい。
他の誰でもなく、親に認めて褒めてもらいたかったのに。
そのやりきれなさは、きっと、自分の心の底で澱のように重く沈んで固まって、死ぬまで消えてくれはしないだろうと思う。
でも、生きてはいける。
「ありがとう」「助かったよ」「頑張ってるね」
ふいに外から投げかけて貰った言葉、笑顔、その小さな欠片たちを一つずつ集めて、心の中に大切にとっておく。
強い風が吹くたび、欠片たちは真っ黒な澱の沈んだ沼を掻き混ぜて、光を当て、酸素を送ってくれる。
きれいな水にはならないけど、ここでも、息はできる。
わたしは早々に親の存在そのものを諦めてしまったけど、主様の心には、主様だけのご両親への思いが、まだあるのでしょうね。
それに向こうが気づいてくれたらいいのにな。
主様、生まれて、生きていてくれて、ありがとう。
今日がお誕生日ではないでしょうけど、あなたの生きてきた今日までと、いま生きているこの瞬間を、私は言祝ぎます。
ここでわたしと出会ってくれて、ありがとう。
名前のない小瓶
1通目の主さま
こんにちは。
お返事を送っていただき、ありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。
手のひらを返す前提で褒められると、その人に対しての信用を失ってしまいますよね。
しかも一度そういうことに遭遇すると、他の人の褒め言葉も信じられなくなりそうで…とてもお辛いかと思います。
『誰かに褒めてもらいたければ、褒めてもらえることをする』
自分の中の乱れた気持ちが落ち着いた頃に、どうして母はあのような発言をしたのか考えてみました。
私の母の祖父は、自分が気に入らないことがあるとキレて手が出るタイプだったらしく、亡くなった祖母が苦労しているところをしょっちゅう目の当たりにしていたようです。
その家庭環境の中で、いかにしたら褒めてもらえるのかを幼い頃の母が考えた結論…だったのかもしれません。
確かに、褒めてもらえるための条件が揃わなければ褒められないなんて、あまりにも虚しく、悲しすぎます。
ただ、母の育った環境をふと思い出すと…母を頭ごなしに責められないのも本音です。
最近は母と数時間ほど、一定の距離を取っています。
一緒に住んでいるので物理的な距離を取るのは難しいですが、私が父だけを連れてクルマの運転の練習をしている時、私の周りはとても静かです。
母は母で、仕事を辞めてから運転しなくなったクルマのバッテリーを私に充電してもらえて喜んでいるようですし、そのあたりウィンウィンの関係と言いますか。
ずっと怖くて逃げてきたクルマの運転と毎日向き合うことで、母との衝突が以前より少なくなったのは嬉しい誤算でした。
私の吐露した文章で、死にたくなった気持ちが軽くなったのならとても嬉しいです。私は自分の気持ちを口に出すのが苦手で、こういった場所で書いて投稿すると、心の中のモヤモヤがゆっくりまとまっていく感覚がするんです。
そうですね。
明日も良いことがあるかもしれないから、もっと生きてみます。
主さまがどうか、両手で抱えきれないほどの幸せに包まれますように。
明日も焦らず生きていきます。
ななしさん
私は最近褒められたと思ったらすぐに手のひらを返されます。
「~が~で偉いね!」と昨日は言ってくれたのに次の日になれば「あれは機嫌取りの為だった」とかです。
最初から自分語りですみません…。
主様はなにも間違えてないと思います。
親は祝ってくれないけど自分は親の誕生日を祝う、友達や大切な人の誕生日を祝う、傍から見たらどう考えても間違いだとは思えません…。
主様は優しいんですね、優しすぎるかなって思ってしまうくらいです…。
泣くのも怒るのも、何をしようが主様の勝手です。
褒められる為に褒められるような行動をしなきゃいけないなんて、おかしいと私は思います。
少し私と重なる部分があるなぁとおもったのでお返事させて頂きました。全然纏まらなくて何が言いたいんだろうって思われるかもしれませんが…そこは本当に申し訳ないです…
ただ、少なくとも私のように「同じような境遇の人は居るんだ」と認識出来ただけでも心が軽くなる人もいます。
小瓶を流してくれてありがとうございます。私は主様のおかげで先程まで死にたいと思っていましたが、少しだけでもいいから頑張ろうと思えました。
少しだけじゃなくて、もっと生きましょう。
いつか主様が幸せな内容の小瓶を流せる日が来る事を願っています。長文失礼しました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください