なんとか生きてる。生きるということで精いっぱいだから、どうしても社会から浮いてしまってかなしくなる。
だれしも大小色んな問題を抱えながら生活してるわけで、目には見えないところでみんな苦労しているとは理解してるつもりだけど、社会人として労働している職場の人たちがあまりに真っ当で出来た人ばかりに見えてしまう。
社会人失格と、何度言われたことだろう。
みんなが普通にできることが難しい。
このあいだ、朝起きたら体がいうことを聞かなくて、布団から起き上がることができなかった。
遠くに置いたスマホもとれず、職場から幾度となく掛かってくる電話をすべて無視した。
心配して同僚が家まで訪ねてきてくれた。
自分の体も脳もコントロールできないうえに、他人に迷惑をかける自分が嫌だ。
勤務中だって、脳味噌が余計なことばかりを考えてどうしようもなくしにたくなってしまう。
自分はあまりに使えないので、先輩に信じられないくらい嫌われている。
そのひとから受けた罵倒の数々が本当にあったことか自分の思い込みからくる幻聴なのか分からなくて困る。でも嫌われて当然ではあるので、もし何も言われていないとしても心のなかではきっと蔑まれている。
話しかけたら眉を顰められる。距離をとられる。ひとこと答えて逃げられる。
本当はもっと教わりたいんだけれど、まあ、こんなふうな仕事のできないぐずと会話なんてだれもしたくない。
自分と接するひとたちがみんなそういう態度を取るのは当たり前の行いをしでかしているのに、あからさまに嫌がられると自尊心がガリガリと削られていく感覚がある。こんなものを感じることすら烏滸がましいのに一丁前に傷ついてしまう。
自分みたいなお荷物と関わらなければならない職場の人たちのほうがよっぽど傷ついているのに。
人の痛みを理解できる人間になりたい。
自傷なんかしたって現状はよくならないのにどうしてもやめることができない。
すべては甘え。
今置かれている場所からはやく退くべき。そうすれば、癌である自分の存在がなくなれば、周囲だってきっと喜ぶ。
自分の愚痴を言い合うコミュニティで楽しんでいる人たちにとっては残念かもしれない。でもいなくなってせいせいしたと笑ってほしい。
綺麗に生きることもできなければ綺麗に消えることもできない。
自分はどうしても生きたい。真っ当な人生というものを歩みたい。
しかしそれには不器用すぎた。それならば生きることを諦めるのも手かもしれない。
まだ自分は若い。可能性はあるかもしれない。その可能性にかけてもいいのかまだ分からない。
でもこんなことを深夜に泣きながらつらつら書いているということは、綺麗にとは言わずとも生にしがみついていたいのかも。
人に読ませる気がないきもちわるい文章。もし読んでる人がいたら不快にさせてごめんなさい。
生きたい。
あしたはちょっと良い日になりますように。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
小瓶、受け取りました。
辛いね。よく耐えてきたね。小瓶を流してくれてありがとう。
自分も似た状況、経験してる。
ここに来れば、安全だから。
一緒にいい日にしようね。
また来てね。待ってるね。
それでは、またね。
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