価値のあるやつは生きていて良いけど価値のないやつは早く死んだ方がいい、という一つの答え。
まさに今の自分がそれを見せつけられている状況で、何年もずっと特定の相手からそれを見せつけられている。
向こうは人に囲まれていて愛されている。何せ言葉も巧みで発言や行動に力があるから。何をしても面白い。だから生きている価値はあるし死んではいけない、って扱い。
自分はどうか。真逆。価値なんか無いし、愛されるのは怖い。言葉なんか下手。何も面白くもなくなんの役にも立たない。ゴミという言葉を向けられた時、否定もできない。
例え言葉にされなくても、彼女の言葉や振る舞いの全てがそれを証明してくるし傷をつけて残してくる。
消えない。そして彼女から離れたくても皮肉な事に同じ所にいるせいで離れられない。
だから、向こうが亡くなるか私が死ぬしか、苦しみを終わらせる方法が無い。
もしこれを読んだ人がいて、(おこがましいのは承知の上だけど)もしコメントを残そうと思ったのなら「そんな事無いですよ!」や「価値なんて決められるものじゃない」などといった言葉は書かないで下さい。どうかお願いします。
そんな事無いかもしれなくても、価値なんて決められるものじゃなかったとしても、私にとっては己が死んでしまうか相手にこの世から消えてもらうしか解決出来ない程深刻であり、何にせよ無意味だからです。
ごめんなさい。
過去に流したものの中にその様な優しいコメントを残してくださる方々はいらっしゃいましたが、でも、どうにもなりませんでした。慰めは砂に吸われた水のようなものでしか無く、気付いてしまった答えへの拒絶のようにしか見えなかったからです。
本当にごめんなさい。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
re:i
他人との差ってやっぱり
気になってしまいますよね…。
私もそうでした。
死にたいって思う程
劣等感を感じているのは
苦しいことでしょう。
こういった内容の答えとして
私が思いつくのは
【努力】の1つに尽きます。
私は、自己肯定感が弱いのは、
あまり褒めてもらえずに育つ
という事に関係があるんじゃないかと
思っています。
褒めてもらえない
=認めてもらえない。
=自分は褒められるような事が
何も無い。
そういう思考に至ってしまう
のではないかと思っています。
認めてもらえなかったのなら、
自分が自分を認めれば良いんです。
そこで、自分を認める為に
必要なのが努力の記憶だと
思います。
努力する事でその分の力が
身に付くので、
今よりもっと多くの人に
その分野で勝つ事が出来ます。
そしたら自信がついて
自己肯定感も高まると思います。
頑張るものは何でも良いんです。
外見磨きでも、勉強でも、
趣味関連の事でも
ほんとに何でも。
私の自己肯定感が低かった頃に
はじめに頑張ったのは
表情でした。
お風呂に入ったら毎日欠かさず、
必ず色んな顔を鏡の前でしてました。
普段から表情を意識するように
したり、努力しました。
表情なんて、誰もが持ってるし
そんな事って思うかもですが、
私はこの努力から始まり、
自己肯定感を高めつつ
色んな事に手を出しました。
今では若干ナルシストが入る程
です。
何か出来そうな事とか、
何でもやってみてください。
長い事続けてると
結構効果出ますよ。
ななしさん
なるほど、そういう考え方もあるのか、と思いました!
でも、人に対してゴミって言うのは、ちょっと酷いんじゃないかなと思います。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください