日々、この世の全てを理解できたらいいのにと思います。
たとえば、誰かに話を聞いてもらう時。
理解された上で話を聞いてもらうのと、理解されないで話を聞いてもらうのって、かなり違う気がするんです。
理解された上で聞いてもらうのは、否定されないという安心感があります。
私が「死にたい」と思っていることを理解してくれている人に話を聞いてもらうのは、疲れないです。そんな感じ。
だから私は、この世界のすべてを理解したいです。
心の病気も、過ちを犯してしまった人の心情も、障害も。
特別なことだけじゃなくても、普通の人生しか生きられない人のことも。
ですが理解するには、私には経験が足りません。
悲しみが足りないのです。
私は私の人生、たった一つのくだらない人生しか知らないのです。
78億の人生を歩んで、78億の悲しみと喜びを理解できたらいいのに。
そんなこと、無理ですけれど。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
素粒子
全く人の痛みに興味がわかない、自分のことで精一杯か、余裕はあるけど森羅万象に興味がない人もいれば、
知識欲、好奇心で溢れる人もいると思います。
どちらも優劣がなく人それぞれだと思いますが、やっぱり個人的には後者の考え、つまり主さんの考えが好きです。
でも私たち神じゃないんですよね。
多分神が「一番効率よくいろいろ教えてくれる講座」を一生続けてくれても、私たちは殆ど何も知らずに命を終えるでしょう。
人間ってちっぽけですね。
理解したいという気持ちが相手に伝わるだけで、主さんは話しやすい人、心優しい人、器の大きい人と見られているかもしれません。少なくとも文章から私はそう感じました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください