大学に進学して丸々二年が経った。
この二年間は何もない日が数ヶ月に一回しかないくらいに、予定を詰め込み用事を作り忙しく見えるような生活をしてた。
自分が忙しくする理由はただ「格好つけたかった」だけだと思っていた。
だけど違ったみたい
コロナのせいかコロナのおかげか最近は何もない日ばかりになって、明らかに自分が前と変わってしまった。
いや、変わったというより誤魔化していたものが再び露呈した。
小さい頃から「生きてる理由なんて無いし早く人生終わっちゃえば良いのに」,「楽に死ねるなら今すぐ死んじゃいたい」なんて考える性格で、唐突にメンタルがダメになる事があった。
この二年間それが無かった訳じゃなかったけど、明らかに大学に入るまでよりも頻度は少なかった。
最近になってまた「なんでまだ生きてるんだろう」,「将来の展望も無いのに生き続けてどうするんだろう」,「今すぐ死ねれば良いのに」そんな風に考えることが増えてきた。
きっと時間を持て余して自分の事を考える時間が増えたからだろう。
だから自分が忙しくしてたのは、こんな思考にならないように誤魔化すためだったんだと思った。
けど、その理由に気付けても何にもならない。
忙しくすればまた誤魔化せるのだろうけど、あの生活にもう疲れてしまった。
それこの方法は誤魔化すだけで自分が生きたいと思えるようになるわけでもない。
死ぬ理由は周りに溢れてるのに生きる理由が見付からない。
経験したいことは粗方経験したし、死ぬまでにどうしてもやりたい事なんてもう何もない。
人生あまり不自由無く生きてて、死なないでって言ってくれる人もいて、なのにこんな思考をしている自分が心底嫌になる。
だけどもう生きる理由を探すのも生きることも疲れちゃったから、けど一人で苦しく死ぬのは嫌だから、大切な誰かに殺されてしまいたい。
酷く我儘な考え方でしかないけど。
わかります。私も今まで何度もそういう気持ちになりました。生きる理由を探すのって本当に難しいですよね。
今の私の場合、人から見たらそこそこ大きな夢を実現できてしまい、そこから見えた風景に虚しくなって、また生きる理由を自分に問う段階に戻ってきています。環境の変化もあって忙しくしているのでまだごまかしが利いていますが、そうでなければ「もういい死にたい」を心の中で連発しているでしょう。
偉大な先人たちの努力のおかげで平和で恵まれた生活ができている。でもそれこそがこの虚しさの元凶かもしれない。そんなことを考えてはまた虚しくなります。
ただ逆に、どうしてもやりたいことがあるときふっと見つかることもあるんですよね。何もかも諦めきってしまっていると、そのときに踏ん張りが利かない。一気に動き出せずに機を逃してしまったりする。
そういうときのためにコツコツと、思いつく限り、できる限りのことを日々続けておく。たとえどれほどささいなことであっても、いざというときそれが大きな力になるから。
死ぬまで全力で生きるってそういうことなのかな、と思っています。ごまかしでもなんでもいいから、これからもあがいていきましょうよ。