「生きたくても生きられない人」と「死にたくても死ねない人」は同じようなものだと思うのですが、生きたくても生きられない人がいるのに死にたいなんて、という言葉がありますよね。
生を尊いものとして、死はよくないものとしたいのかなぁと思いますが、これがおかしいという認識が広まらないのはなぜでしょうか。
生を悪いものとしたいのではないです。人によって、良いものだと思うなら生きていけばいいし、死にたいと思うなら死んでもいいようにできないかなということです。
生きたい人の権利を奪うわけではなく、死ぬ権利もあっていい、そういう世の中になればいいと思います。
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ななしさん
そうですね。
生きる権利があれば死ぬ権利もあっていいと思います。
確かに生きたいのに生きれない人というのは一定数世の中にいて、そういう人に対して大きな声で言えるかと言われたら言えないんですが…
でも自分の人生の幕引きを自分で決められるって贅沢で、それでいていい事だと思っています。
人生100年時代、介護が必要な体になった時の為に10年、20年分の介護費を支払う為に若い時の自分の時間を働く事に当てるのが馬鹿らしく思ってしまいます…。
そうでなくとも自分の介護の事で自分の子供や孫に迷惑をかけたくないとも思ってしまいますし。
日本では安楽死というのは認められていないし、海外でも病気で助かる見込みのない人などの限定がありますが、それ以外の人にも認められたらなあって思ってしまいます。
自分がいつ死ぬかということも計算に入れた人生設計ができるっていう夢に少し憧れを抱いています。
確かに自分の人生を終える時期を自分で決めるのって最後の贅沢なのかなと思います。
日本は、安楽死が認められていませんよね。もし、自分が生きていることで家族の負担が膨大なものになっていたら…
と考えると死ぬ権利ってあってもいいんじゃないのでは。
生き方の多様性が重視される世の中で、なんで死に方の多様性は話し合われないのか。
小瓶主さんの言葉に考えさせられました。
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