小中高、大。
とうとう良い先生に巡り逢うことはなかった。
恩師と呼べる人間がいなかった。
世の中には相談に乗ってくれたりと学生想いの優しい先生もいるらしい一方
私の出会ってきた先生は最悪だった。
まずいじめられても私の味方になってくれない。
私の話なんてまず聞かない。
大勢の言うことを鵜呑みにして、適当に片付ける。
いやなことは無視すればいい。社会に出たら誰も助けてくれないんだぞ。
そんな理由で部活を辞めるのは許可しない。
そればっかり。
面倒だからでしょ。
私さえ黙れば万事解決ってさ。
スクールカウンセラーも無能だった。
私も一人くらい、良い先生が居たら違ってたかもしれない。
心はささくれだらけ。
わたしも、恩師がおりません。
わたしも、小中と、いじめられたとき特に助けてはもらえませんでした。ちなみに親も毒親です。よく生きていたなと思います。
ちなみに、なぜかそんなわたしも教員です。
どこかで聞きましたが、恩師と呼べる方に出会える確率は1〜2割だそうです!大半は、出会えないのだと。
教員採用試験の面接で、「恩師と呼べる方はいますか?」が定番だそうですが、わたしも「全然いないし!!」と思い、一応嫌いじゃなかった先生のことは考えましたが、その質問に怯えていました。
教員生活10年ほど経過し、別にそれで良かったと感じます。わたしは、子供と接することが好きでもありますが、わたしが当時嫌な思いをしたことを自分で消化するために教員になった気もしています。不純ですかね〜でも、こういうときは助けようとか。
大人の思いを押し付けるだけにならないようにしようとか。ネガティブなスタートですが、そんな奴もいていいかな?と。
そして、学級をもったり、クラス替えなど考えたりするようになり、当時の先生の考えも想像するようになりました。
小学校のときの先生はもう全然意味不明でしたが、中学の部活の顧問の先生。
きっと、わたしを部長にと思って、耐えたり解決したりしてほしかったのかもと。まあ負けましたし、病みましたし、泣き寝入りでしたけどね。
スクールカウンセラーの方も、かなり人によります。相性もありますし。
教える立場となり、誰かの支えになる、誰かを変えるということはものすごく難しいことだと痛感します。
うまくお話しできたか自信はありませんが、あなたみたいに、「助けてほしかった!」と思う方が一人でも減るように、わたしは日々SOSのアンテナを高くし、がんばりたいと思います。そして、ちょっとうれしいのが働いてからの方が、大好きな先生方に出会えています。
学校の先生では尊敬できる方が見当たらなかったかもしれません。あなたがどんなお仕事に就かれるかは分かりませんが、お仕事や友達の中に、あなたを大事に思ったり、あなたが大事に思えたりする方がきっと見つかります。進む先に、楽しいこと嬉しいことが、沢山ありますように!