自己陶酔と自己嫌悪を繰り返す。
外見がいいわけでも、頭がいいわけでも、仕事ができるわけでも、優しいわけでも、気遣いができるわけでも、得意なことがあるわけでもない。
それなのに人のことを仕事ができるフリをして、無意識に見下し、自意識過剰で自分のことばかりを話したがる。
そのくせ自己嫌悪になり消えたくなる。
変わりたいなら、自分が嫌いなら変わればいい。でもそれすらもできない。できないんじゃなくて、無意識にやらなくていいと思っているのかもしれない。
死ぬのは怖い、痛いのは怖いから消えたい。
優しい家族も友達もいる。きっと私がいなくなったら、泣いてくれる人がいる。
でもその人たちにとって私は害でしかない。何も与えられないどころか、迷惑しかかけていない。
私がいないほうが良くなることが多すぎる。
人に害しか生まない
そんな私が生きる意味はあるのか。
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ななしさん
生きることに意味を見出すことは、きっととても難しいのだと思うよ。だって、僕たちは、特段なにかの努力をしなくても『生き続ける』事が出来る。終わりにしようとするには、自分の意思でやめると決断しなければいけないけれど、あなたはそれを選んでいない。えらいね。死ぬのも痛いのも怖くて嫌なこと。そう感じるのが当たり前なんだよ。
自分が死んだら泣いてくれる人がいる、と心当たりがあるのなら、孤独では無いのなら、あなたがどんな形であれ生きている事がその人たちの幸せなんじゃないかな。
ななしさん
基本的に人は人を害して生きてます。
私達の幸せは必ず誰かの不幸の上に成り立ち、貧民や奴隷から搾取した上に成り立っています。
特に先進国の人間の幸福なんて、発展途上国の貧民の屍の上に成り立ってるんですよ。
人はあるだけで害悪です。
人には生きる意味などありません。
それを理解した上で、どう生きるかではないでしょうか。
善い人間でありたい、価値ある人間でありたい、っていうのはそもそもおこがましいのです。神じゃあるまいし。
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