みなさん、お返事ありがとうございました。
今まで「恋愛が出来ない言い訳をするな!」「探す努力もしないで諦めるな!」と否定されてばかりだったので、みなさんからのお返事に涙が出るほどホッとしました。
“恋愛が出来ない体質”については私も調べてみたりしていたのですが、なかなか断言するだけの情報も集められなかったので、未だに私がそうなのかは分かりません。
しかし、そういう可能性もある…と言うことは何度か親や友人には伝えてはいます。
「世の中には無性愛者と呼ばれる人もいるから、私もその可能性がある」と昨日も母に伝えてみましたが、「そんなのただの言い訳!出会いがないだけやから、諦めるな!」と怒られてしまいました。
友人にもこのやりとりを伝えたところ、「それはアンタが悪い」「無性愛者なんて居るわけないやん。愛が分からないなんてことあり得ない」と全否定されました。
どうして私の周りの人は、失敗する事もある“恋愛”を“善”の一択であると断言できるのでしょうか?
あまり良い家庭を気付けなかった母や親戚から「やってみないと分からない」「みんな結婚しているのに、あんたは恋人すら作らないのか」と言われるたびに不思議に思います。
「一回、風俗でも体験すれば嫌悪感もなくなるのでは?」と言われたこともありましたが、別にそういうものに興味がないだけで嫌悪感はないですし…。
あまりよい例えではないのですが、動物の営みを見て「自分も彼らと恋愛がしたい!」と思わないのと一緒だと思います。
何度かそう説明してみましたが「そんなわけないでしょ!」「動物と人間は違う!」とお説教されました。
「この先、恋愛も結婚もできないと思う」
何度も伝えて来ましたが、私の周りの人に伝わることはないんだと思います。
私が他の人の「愛は素晴らしい!みんな恋をすべき!」の考えが理解できないように、きっと私の母や親戚、友人たちが「恋愛が出来ない」ことを理解することはないのでしょうね。
・・・小瓶の中の手紙を読む