電車のホームでの出来事です。
電車を友達と待っていたところ、ある女の子のスカートがリュックでめくれそうになっていて、それを見た母親は、小学生1年生くらいの娘さんに、「あのお姉ちゃんめくれてパンツ見えそうになってるの可哀想だから、気をつけて、って言ってきなさい。」と言っていました。
行こうとしない女の子を無理に行かせようとしていたのを見て、私と友達は顔を合わせ少し苦笑いをしていました。
結局女の子は言いに行って、「いいことしたね」と母親に褒められてました。
そして、その母娘が電車に乗る前に「あそこにいる人間みたいに、人のことを笑ってるだけの人間みたいなったらダメよ」と言いました。あそこにいる人間とは、私と友達のことです。
一瞬何を言われたのか分からなくて、困惑しました。なぜか、あの女の子のこと笑っているような人間にされてました。
ひどい勘違いをされて、とても腹が立って、嫌な気持ちでモヤモヤ。
一生合わないであろう人の言葉にも気持ちが左右されてしまう。それでもいいんだ。
きっと成長する内に変わっていくさ。経験する内に変わるさ。
こんな時に全然気にしないでいられるような人になりたいなぁ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
お返事ありがとうございます。
私はその母親が子供に注意をさせ、自分が満足するために行かせたように捉えてました。でも、確かに相手への配慮だったのかもしれない。
私も、生牡蠣の様な感受性を認めたくがないから母親を悪い人にしてしまっていました。確かに重なる部分はあるなぁ、と。
また、その言葉で出てきた、醜い感情を持っている自分が嫌いで、それも認めたくありませんでした。
腹が立って傷つくのは当たり前、生牡蠣の様な頼りない感受性をもつのに、自分が嫌だと思うことを言われたんだから。そんな当たり前ことにいちいち理由なんていりませんよね。
母親も生牡蠣のような感受性を持ちそれを保
つために放った言葉に傷付いた、同じような生牡蠣のような感受性を持つ私。きっと私もどこかで… お互い様なのかな。
人は何歳になって弱く、柔らかくあってもいいんだ、ってすごくいい言葉だと思います!
次同じような状況にあったら… 今回よりも落ち着くことが出来ると思いました。おお、成長出来たのかなぁ。
ななしさん
勝手に悪者扱いされて嫌な気持ちになりますね。
一番心配なのは思い込みごりごりで育てられるその小さい女の子です。その母親はきっと他でもいらない口が災いしてトラブルを起こすでしょう。
子供にしてみたら母親は偉大でお手本なのでいつか世間とのギャップに困惑する日が来るかもしれない。
たまにいますよね。電車内で「〇〇君だめだよぉ、あのおじちゃんに怒られるよ?」とか言う母親。
ふと、「私はその子供が将来どう育とうが関心がないからわざわざ注意したりしないよ。この場で子供を注意するべきなのは母親のあなただけでは?」なんて心の中に投げつけてやりたい言葉が浮かんで大人気ないなぁと思って消えていきます。
ななしさん
その母親の気持ちも少し分かる気がする。女子生徒二人が何かを見て笑っていた場合、誤解を招きやすい。人を嘲笑しているように見えることがある。そう感じれば相手は不快だろう。それでトラブルになることもある。
子供に行かせたのは、子への教育もあるが、注意しても相手のショックが少ないよう、邪念のない子供にさせた方がいいという配慮があったかもしれない。
その場にいないので、全然違うかもしれないが、ともかくそういう誤解を受けることはしばしばある。善意が悪意に取られることすらある。一時はショックだが、結局は自分の心の持ちようだろう。最後の段落の文章その通りで、これは一つのいい経験だと思う。
今度全く同じ場面に出くわしたら、あなたはどう行動するだろうか。
冬
ひどい誤解でしたね、主さん。
その女性の、いいことしてやった感は、彼女の生きるよすがなんだと思います。
問題は二つ。
自分が見本を見せるんじゃなくて、子供にそれを強要したこと。
主さん達にその言葉を投げつけなければ自分を保たないほど、良い人をやりたいこと。
少し話が飛びますが、私の好きな詩人に茨木のり子さんがいます。もう亡くなられました。その方の、「汲む ―Y・Yに―」という詩の中に、
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
という一文があります。
私はこれも好きで、人は何歳になっても、その様に、弱く、柔らかくあっても良いのだと教えられます。
茨木さんには「自分の感受性くらい」や「私が一番美しい時」などの詩で強い言葉を使い、凛とした強固なイメージがありますが、前出の詩では、生ガキの様に頼りない感受性を鍛える必要はなかったのだ、と続きます。
私はなかなかその境地には立てません。それでもやっぱり嫌だったな、あんな物言いしなくてもいいのになと思われて大丈夫なのだと思った次第です。
以下は私の感想ですが、それほどその女性は人に尽くすことで自分を煽り立っていたかったのかと、何処か自分と重ね合うこともある様に気がします。
でも、主さんには無神経に喧嘩を売った言葉だったし、そんな言葉聞きたくなかっただろうなと思いました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください