専門学生に入って自分が何もかもダメな人間だと気付きました。
専門学校に入るきっかけは物作りが好きだから、楽しいからでした。
ですが実際作っていって、ものを作ることによって生じる責任が怖くてたまらなくなりました。会社に入ったら納期がある。作り方にルールがある。指示されたものを完璧に作る必要がある。作るだけで精一杯で、自分には到底抱えきれません。
今思えば、いっときの気の迷いで、物作りが本当に好きなわけではなかったのかもしれません。
自分は浅はかな考えで進路を選んでしまったダメな人間でした。
完璧主義で作品を作れば作るほど作品の粗ばかりを見つけてしまい、どうしたら就職できるかばかり考え、作るのが楽しくなくなり、自分が何をしたいのかわからなくなり、今はもうそのことを考えるだけで涙が出て死にたくなる始末。作りたいものも目標もなくなりました。自分はクリエイターを目指してはダメな人間でした。
別の職種を目指すことを考えました。好きなことがダメなら自分の得意なことを仕事にすればいいのだと、自分を見つめ直しましたが、自分はは人に意見するのが苦手でいつも流されて、話の合う友達もおらず、ダメだと思うとすぐに諦めて、学校も不登校で、自分に自信がないせいでなにも行動に起こせず、目的を持って行動できず、なにも得意と呼べるものはありませんでした。それどころか自分は中途半端で、19年生きてきて、なにも得たものがないことに気づきました。人生でやりたいことも夢ありませんでした。何のために生きているのかわかりませんでした。
自分は目的も価値もないダメな人間でした。
自分は生きていくことに向いていないダメな人間でした。
自分がダメな人間だと気づけたこと、これは自分の価値のない人生で唯一の収穫でした。
バカらしくなりました。
何もかもを後悔しました。
過去もこれからも全てが無駄だと思いました。
自殺を考えました。
ですがまた気づいたことがありました。
自殺しようと思うと、不思議なことにやりたいことがたくさん頭に思い浮かぶようになりました。
旅行をしたい。おしゃれをしてみたい。絵を描いてみたい。人と何も考えず話してみたい。経験したことのないことをしたい。
自分にはやりたいことがたくさんありました。
思えば、自殺というのもやりたいことのうちの1つでした。それをきっかけに全てが開けていくような気がしました。
自分は死ぬために生まれてきたのだと、そう思うと納得がいくようでした。
ですから、せっかくなので、これからはやりたいことをやるだけの人生にしていきたいと、そう思います。
バイトをしてお金を貯めて、たくさんの娯楽や人に触れて、自殺します。
今まで、無意識に生きることを目標にしていました。ですがそれは自分には難しいことでした。
死ぬことを目指して初めて生きる希望が湧きました。すぐ死ぬ命であれば、人の目など気にせず、完璧など求めず、好きなことだけをすることができると思うようになりました。
自分はダメな人間でした。
自分が生きることに価値はありませんでしたが、死ぬことには、自分なりに目的や価値や、意味があると、今はそう思えます。