きっと理解できない方もいると思いますが、あくまで私の意見です。。。
不快な気持ちになったらごめんなさい
「死にたい」って言うとさ、
「生きて!」とか「死んじゃダメ!」とか言ってくれる人っていっぱいいるよね、
その人たちはきっと死にたいって言うてる人の事を思って、止めてくれてるんだと思うんだよね((ただ偽善者ぶりたいだけの人もいるかもしれない
でもさ、もしその言葉で死ぬのをやめて、その先にはまた今までと同じのいやな人生が待ってるんだよね
ただ無責任な一言でまた辛い思いをすることになるんだよね、
まあ、もしかしたら止めてもらって生きることによってその先しあわせな人生が待っているかもしれない、
でももう少し、その止めることで死にたいって思ってる人がほんとに救われるのか考えてから止めて欲しい
止められて、死ぬのをやめて、その先の人生でまたいじめられたり、いやなことが待っていて、
また苦しむのなら、
止めない方がいいと思うな、
語彙力ないね、笑
不快に思ったらごめんなさい
あくまで私の意見です、
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
「死なないで」これってすごく無責任ですよね。
主さんが言っているようにその後もまた死にたいって思うことが必ず無くなるわけじゃない、むしろ増えてしまうかもしれないのに。
私も主さんと同じように思っています。
ななしさん
自分も同じように思います。
自殺を止めて命は救えても
苦しみを消せないと、心を救えないと
逆効果だと思います。
ななしさん
共感します。
ななしさん
死ぬってことは、これから、
たとえば2年後か5年後に幸せや
楽しいことがあるかも、しれない可能性を
断ち切ってしまうことだからね...
まえ、うつで精神科に通ってとき、
先生に死にたいって言ったら、死ぬくらいなら蒸発しろ、って言われた。
死にたいくらいの環境から逃げろって
意味だと思う。
私も、死なないで、とかひとに
言うけど、私もなんとか苦しみに耐えるから
あなたも、一緒に耐えて、一緒に生きようって意味で使ってる。
ななしさん
そうですね。
「死ぬな」「生きて」という背景に、死は終わりだという絶対的真実がある。死ぬと先が全て無くなる。苦しみもなくなるかもしれないが、幸せや楽しみや喜びや感動もなくなる。それが若い自殺の大きな欠点。
なので、若さや健康があり、将来何が起きるか分からない場合、自ら死ぬのは短絡的であって、もったいない。よほどの理由がない限り、ひとまず社会に出て視野も広まっていく30代ぐらいまでは生きてほしいと私は思う。
ななしさん
その意見ほんとわかる。
私も同じ意見。
結局勇気なくて死ねなくて、それで苦しむ日々繰り返す。
同じ。毎年毎年。ワンパターンだった。
もがいて、昔と同じ状況になってあれじゃダメだったんだと
思って、過去の私と違う行動をしたら、確かに私は
後の子たちに知識と技術を伝えることが出来た。でもね、
今立たされてる立場。今の周りの状況。全てが苦しい事には変わりないし、過去となにも変わらなかった。
むしろ最悪になった。信頼できる人にはこの事を相談してる。でも、返ってくる言葉は、「きっと、いい未来が待ってるから死なないで」本当にそうだといいのにね。
そう、私も信じたいよ。でも、未来なんて分からないからさ、今の辛さを軽くしたいんだ。
長文失礼しました。でも同感です。
冬
主さんの言いたいこと、少しだけどわかる気がする。
なんというか、死にたいに対する死ぬな、生きろは、確かに乱暴というか、丁寧じゃないよね。それって死vs.生みたいに捉えられてもしょうがないやりとりだなあ。
昔は自分もそんな風にお返事してたな。
元々死と生はセットなんだからもう少し丁寧な扱いがいるかなと最近は思う。
死にたいに対する死ぬなは、死にたい人への否定だからね。だからなんだか乱暴に聞こえる。
何に絶望して、どんな気持ちでそう感じているのか、そこに共感して寄り添うことが大事だと思う。
でね、これ、うまく伝わるかどうかわからないんだけど、(主さんにというわけじゃないんだけど)、救われるのはもちろん他者が必要なんだけどね、だって私たち1人でこの地球に住んでるわけじゃないし、たくさんの人に囲まれているのだし、誰かの気持ちやサポートや手立てが救いにならなくちゃいけないんだけど、死にたいと思う「それ」しかないって究極の視野の狭さの中にいるってことがあるからさ、それに気がついてもらえたらなって思う。っていうか、それが分かったら死から少し遠ざかってるんだけどね。
わかるための諸々は実はある。病院も薬も宗教、(変なカルトじゃなく)、瞑想、自己変革の様々な書籍も団体も、大なり小なり私の知らないものも山のように。
もちろんそこまでたどり着かない人もいるんだと思うけど。
何が言いたいのかというと、自分を縛っているこういう風に生きなきゃ、でもダメだ、出来ないというそれを手放す方向に向かってみるのも一つなんじゃないかなと思う。その手放しがその人の人生のストーリーそのものなのだから。(それの難しいのも重々承知で書いてます)
嫌なことが待っている、その嫌なことも千差万別だろうからここで一言ではくくれないです。たしかにそうかもしれない。
でもそうだからと言って絶望を選ばれるのは悲しい気がしています。
自死は個人の完結ですが、やはりいろんな人に影響を与えます。これは私の感覚です。
宛メでは具体的にそう思っている方と深く共感は出来ない。それがここの思惑だと思ってる。でも何がしかの微々たる、一瞬の助けにはなるかなあと思ってお返事はしてます。
お返事の中にものすごくそれをされている方がいて、私のようなものですら励まされることがあります。
死にたいと書かれる方に本当に寄り添ってくれる人が現れますように、そう思うしかない。
前に私はここで写真家の幡野広志さんを教えてもらってずっと(ネットで)追っかけてるんですけど、彼は自殺を是としています。ご本人は余命宣告されたがん患者です。
あの人の考えを読んで、自殺について色々思い直ししているところです。
とても精力的にお仕事、言葉を発信していて、すごいなぁと思ってます。
もし興味ある方、本も出てます。
主さん、ごめんね、書かれた主旨と少し方向が違ったかも。
でも自分を整理するためにもありがたい小瓶でした。感謝です。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください