昨日、私の無神経な言動で友達を怒らせてしまいました。
そして、友達は私を無視して、とても不機嫌な態度をとりました。これは学生同士のお話ではありません。
二人とも二十歳を越えてる、大人の話です。
私は友達に謝りました。(そもそも、なんで怒っているかわからなかった)そして、友達は私の謝罪を受け入れました。
そこで話は終わりのはず。
なのに、私の気持ちが全く晴れないのです。
そもそも、そんなに怒るようなことだったのか。キレやすすぎる。自分だって、同じ過ちをしたことがあるくせに。私の謝罪に対し、上から目線でものを言うな。今回の件に絡めて、関係ないことまで説教するな。
そんな気持ちばかりが溢れて、止まらないのです。
なんとか友達には言い訳をせずに、真摯に謝ったのですが、どうにも「友達に謝罪した自分と、説教を垂れる友達」を許せない自分がいる。
自分が悪いことはわかっているのに、どうしても友達に悪意を向けてしまう。
それはきっと、私がいらぬプライドを持っているからです。
他人に馬鹿にされたくない、自分の過ちを認めたくない。そんな気持ちを、友達への怒りに変換し、誤魔化しているのです。
馬鹿にされたくない、過ちを認めない=自分は間違ってはいけない。完璧な人間でなければ、存在してはいけない。
このような劣等感コンプレックスを持っているから、友達のことを憎んでしまう。完璧ではない自分から目を背け、他人に敵意を向けることで、自分が屑人間という「本当にしんどい事実」から逃げている。
そこまで理解すると、今度は友達への怒りを忘れてひたすら自己嫌悪。なんで「完璧ではない自分」を素直に認められないのか。
正直、私は人よりもできることが少なく、容姿も整っていない。そんなこと、頭ではわかっているのに。
それはきっと、他人からの評価でしか自分に価値が見いだせないから。だから、他人から称賛される完璧な自分を目指すのだ。完璧ではない自分が許せない。
友達に窘められる=友達に下に見られている(という思考に陥る)=他人からの見下されたくない(ここで友達への怒り)=他人に見下される私は、完璧から程遠い=完璧でない私は価値がない=私は誰にも愛されない(ここで自己嫌悪)=しにたい
これのループ。正直気持ちがしんどい。完璧な人間なんていないのはわかってるのに、どうしても気持ちが追い付かない。もう、人と関わるのもやめたい。
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ななしさん
容姿なんか
あってないようなもんです。
容姿に集られてやって来る人を信じれますか?
私には無理でしたし、今でも考えるものがあります。
でも人間の本能、性質上仕方ないことかもしれませんが、受け入れ難い事実。
もっと深い奥にあるものを見つけてほしいです。
どこにでもいる大学生より
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