べつにボッチは寂しいとか恥ずかしいとか思わない。
でもボッチを寂しいこと、
友達できなくて残念なひと、と思う人がいるから辛い。
友達と毎日わいわいして学校生活を送ることをよし、とされたらそりゃ居づらいじゃない。
ボッチは何にも悪くない。
そりゃ嫌々感の表情丸出しで一緒に食べよう?って言われたら
べつに誘わなくていいですよーって思っちゃうのは自然なことでしょうに
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
名前のない小瓶
研究や活動で意志を持っている人は結局はボッチのときも出てくるものですね。いつでも人と同じ価値観で世間を見られる人間に社会は変えられない。あなたも自分が「この世界で何を見るのか」を探したほうが早いのかもしれない。人を嫌う人間が人権活動をすることはできないしきっと大きな価値など感じないでしょう。
あなたは少なくとも人に対して平等に自由に付き合うことの意味を知っている点で違うのではないでしょうか。
ななしさん
ソロプレイを楽しもうじゃないか
ななしさん
お一人様ができるのってかっこいいですよね
ななしさん
芸術家みたいに自分の世界を持っているとぼっちでも寂しくないといいますが、かなり希少な存在ですよ。今後20年、30年同じこと言えます?周りの視線で気が病んでいる時点であまり素質が無さそうにみえるけど。
社会人になると、自分の子供の写真をPCやスマホの待ち受けにしてる人の多さに驚く。若い時は自分は特別だとイキっていても、みんな同じようなところに着地するんだなぁとしみじみ。
今の環境に適応できない主様をなじっている訳ではありませんよ。人間は不快な環境から距離を置く自由がありますので。無理に適応しようとしてパンクするぐらいなら逃げればいい。
ただ、そのことと人間一般を全否定することは別のお話。どこかに自分が居心地の良いコミュニティがあると期待して、動き続けることは大事だと思いますよ。動いた分傷つくこともあるし楽な道ではないでしょうけど。
学生時代は金もないし行動範囲も狭いし、今ここが全てみたいに見えるけど。10年も経つと、あの頃すげえ視野が狭かったなぁと恥ずかしくなりますよ。学校なんてたまたま寄せ集めた連中の集まりにすぎない。
また、普段合わないような年齢やコミュニティの人に会ったりすると、主様自身も気づかなかった意外な評価をしてくれることがあるでしょう。可能性ってそういうところから広がるものじゃないですか?自分のことは意外と自分が一番分かってなかったりするものです。
若いんだから進学とかをきっかけに周りの環境が勝手に変わることだってあるでしょう。再デビューのチャンスはまだ数回巡ってくるはず。
寂しさや孤独を認めることは全然恥ではない。人間に絶望すると周りがみんな敵になるからお勧めしないよ。ハリネズミみたいに尖ってる奴に構ってくれる奴なんて親と先生ぐらいで(仕事だからね)卒業してからが真のぼっちの始まりだ。地獄へようこそ。
経験者かく語りき。俺みたいになっちゃだめだよ。
ななしさん
ぼっち好きです。ひとりでどこまでやれるかは人によりますが、友達はひとりでカフェとかラーメンしんどいと言いますが私は大丈夫。ひとりで旅行もします。ひとりでいて周りの目を気にする気持ちより、ひとりが気楽で楽しい気持ちが勝つのです…
一人旅なんか行くと結構ひとりで旅行してる人は沢山いて、みんなそれぞれひとりを楽しんでるなーと感じます。早く学校の枠から逃れてひとりを楽しめるといいのですが…
ななしさん
ひとりが好きだってなにも悪くないよね。
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