生きてさえいれば、、なんてよく言う。
逃げても良い、だって。
どっちも鵜呑みにするんじゃなかった。
だって生きてても辛いことばかりだし、逃げ続けたら何の能力もない役立たずの出来損ないが出来上がった。
生きていたからこそ、死んだ方がマシな今になったわけだ。
生きてさえいれば大丈夫なのは、幸せになる資質を備えてる人。
逃げていいのは、その状況以外では努力でき、その能力を発揮できる人。
ってはっきり言って欲しかった。
自分みたいな人間にはもっと苦しんでほしいんじゃないか?
とさえ思ってしまう。
きっと、自分みたいな人間なんか存在するはずがないと思ってるんだろうな。
単純な弱肉強食の方がよっぽど楽だ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
生きていて、
良いことが起こる保証は決してなく、
幸せだと感じれないことばかりですが、
苦しむために生きている
とも思えるときがありますが、
私はあなたが生きていてくれて嬉しいし、
私が生きていてよかったと思います
幸せになる資質がなくても
努力できなくても
能力を発揮できなくても
生きること以上に尊いことないです
ななしさん
「生きてさえいれば」「逃げてもいい」当事者には響かない言葉ですよね。
でも死んだら本当に楽になるのかな?「死んだから楽になったよ」って聞いた事ないんです。
だから自分の場合は泣いてる自分、辛くて苦しい自分をそのまま理解してあげたんです。
そして「じゃあこれからどう生きたい?」って心に聞く事を毎日続け他人の物差しじゃなく、小さくても自分が心地良いと感じる事をひとつづつ生活に取り入れました。
朝日や夕日を見る、散歩するとか。
他人任せな幸せじゃなく自分から幸せを見付ける。
自分の最大の理解者は自分です、ゆっくりでもいいからあなた自身を愛してあげて下さい。
このメールも今のあなたには響かないかもしれません、でもいつかあなたが笑顔になれる日が来る事を心から願いながら書きました。
名前のない小瓶
確実に言えることは皆パーフェクトな状態で生きてはいません。歯の治療をしていたり、入眠障害だったり、お金が無かったり、勉強が苦手だったり。それを生きる責任を負ってるからこそ自分のパーソナリティにして生きています。
だからダメとか良いとかいう考えじゃなく現実にそのように生きていますね。人生を二元論で考えることは愚かしい。
幸せと不幸だけだと考えるとそりゃあやっぱり幸せで何も悩まないほうがいい。でも周りを見渡せばもうすぐ施設行きの高齢者がいたり、喘息を患っていたり、それでも、できることがあると私はよく思い知ります。そういった人たちを尊敬もしていたりします、目立ちもしないし、人生謳歌には程遠いけど
やっぱり自分として生きている。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください