前は
そんなん糸色 文寸 嫌だ!!
って 思ってたけどさ
今では
真実は
死んでも明らかにされない
その方が 断然 いいって
思うようになっちゃった。
前はね、たとえば死んだら
案内人か そんな感じの人が来て
自分が死ぬまで
たまに とか 毎日 とか
悩み続けた くだらない
本当に くだらない事
聞いたら 全て 無条件で
答えてくれると
信じたかったの
『あの時 本当は…』
それを聞いて ほんの少しでも
ほっとしたかったし
その為に 生きる事 完遂しても
いいとさえ思ってた。
それが最後の切り札。目標。
だけど今は 同じ状況になっても
ほぼ 何も聞かないと思う
だって 答え合わせみたいで
嫌じゃん それこそ無意味
本末転倒
悲しかったことも
嬉しかったことも
自分の中で消化できて
死なずに 完遂できてたら
もう そんだけで いい。
生きていくのに
自分を通り過ぎる人が
何を思おうが
自分と相手が死なずに
無事に生きてけたら
もうそれでいいじゃない。
許容しすぎかなw
でも こう思ってたい
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
それでいいじゃない。
名前のない小瓶
無事に生きていけたら、もうそれでいいじゃない、いい言葉ですね。
私も前は、日々悩み続けたことたちの答え合わせが、いつかされる時が来ると思って生きてました。
でも、本当の正しさなんて誰も分からないから、自分で意味を見つけるしかないんですよね。
あなたのおかげで、しっかり生きようという気持ちを思い出せました。ありがとう。
ななしさん
あらあら。。。自立心が強いお方で...
あなたを見習いたい
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