いくつもボランティアをしていた若い女性が自殺をしました。
随分と前のことですが、私には理由が分かりません。
休みを削ってまでボランティアしていたと書かれていましたが
ボランティアで自殺する方は以前から見られます。
何か自分を追い詰めてしまうようなことがあるのでしょうか?
それとも自分のことを価値もないような思いにさせることがあるのでしょうか。
現実の理不尽さとボランティアの世界とのギャップに苦しむのでしょうか。
ボランティアなんてめんどくさい事に
参加しないほうが人として正解なのでしょうか。(死ぬよりはましだと)
教えて頂けたら幸いです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
名前のない小瓶
お返事頂いてありがたいです。
4つの小瓶に共通していることは、そこには個人の精神と力不足や環境の不遇などが関係しているという事だと思います。
ボランティアとして行っても強姦をするような輩もいますから「環境の不遇」は知っていても盲点のように思います、
「環境の不遇」が死んでいった人たちの「精神と自殺」とを深く結びつけているように感じました。
ありがとうございました
冷静に関係していることが見えなくなっていて、お返事いただいた小瓶の内容勉強になりました。
ななしさん
支援される側からいろいろ言われることがあるみたいなので、それがストレスになるのかもしれませんね。
ある震災で被災地に言ったボランティアが、食事を配る際に「あっちの人のおにぎりの方が大きい、変えてよ」とか「うちは中学生の子がいる、一人前じゃ足りるはずない」とか言われて憂鬱になったという話があります。
また障害者支援に行った時に「五体満足なあなたに私達の気持ちの何がわかるの?」と言われ突き放されたという話もあります。
ボランティアを必要とする立場の人は、不安や不自由から、時に攻撃的、自己中心的になってしまう場合が少なくありません。優しい人ほど力不足を感じてしまうのかも。
日本はまだ大人しい方で、海外だと災害の後に暴動や略奪が凄まじくなることがありますよね。ボランティアの持ってきた物資を盗んで裏で売りさばく、みたいなこともあります。
限られた食料を盗んで食べてしまう人、あろうことかボランティアの女性のテントに押し入り強姦する男性なども。
嘆き悲しんでいる人に手を差しのべる為に行ったのに、現地はあまりに「人間の醜さ」に満ちている…そういうことに失望して死を選んでしまう人もいるのかもしれません。
ボランティアって自分の人生の一部、普通の生活を捨てて行くのですから、「こんな人達の為に私は医療や外国語などを学んだのか?」と打ちのめされてしまってもおかしくはないかなと。
ななしさん
ボランティアなんてしてもしなくても、自殺する人はしますししない人はしません。
まず自殺理由が全く別のことかもしれませんし。
偶然それが原因になったり何か関係したりはあるでしょうが、万人に当てはまるような関連性はないと思います。
ななしさん
大分前になるけど、臨床心理士やってる友人に聞いたことがある。
全部が全部ではないけど、ボラを人生のメインに据えて積極的にやってる人は、もともと心のどこかに欠落部分があって、それを人への援助って形で埋めて満足させてるんだって。
「人のために一生懸命やってる自分」を感じることが必要で、でも本人にはあまり自覚はないらしい。
だから、その欠落が埋めきれない程大きくなったとき、たぶん死を選ぶんだろうね。
ボラをめんどくさいと思える精神力があれば、参加して力を貸しても大丈夫じゃないかな。
1 14514
うーん理由は人それぞれだから詳しくは言えないけど…
私もボランティアに良く参加しますよ。
私の理由としては誰かに必要としてもらいたい、ただ単に自分の知っている世界以外のことも知りたいから。などですね。
なので私は良く人がやりたがらないボランティアばかり選んでいます。
まぁボランティアやってると何というか…
人間の汚いところがよく見えてくるんですよね…
ボランティアが好きでやっている人も多いので面倒くさいこととは言い切れ無いです。
何かすみません…あまり役に立てなくて…
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