劣等感が他の人よりも強いと思います。
自分ができないことを他人ができていて、それをその人が褒められているのを見たとき、強烈な劣等感に襲われます。
そして努力したのち、私がやった時は褒められない、という状態に陥り、何故自分は褒められないのかと思ってしまうし、もっと頑張らなきゃいけない。そう思ってしまいます。
仕事が出来ない人と切り捨てられたくないから、必死に食らいついて知識をつけてある程度の地位を得ました。
こういった言動は彼氏から嫌われる、と言われるものはしないようにしました。
以前は太っていたのですが、太っている人は自己管理ができていないと見なされ、仕事を振り分けて貰えないという見方があるのを知り、今ダイエットしています。三ヶ月で7kg減らしました。
外見は大事だと思ってメイクも気をつけるようにしました。沢山上手な人の動画も見て、綺麗だと言ってもらえるように努力しました。
友達には彼氏ができて、わたしには久しくできません。
先輩は、いつのまにか可愛がる後輩が別にできたようです。
こうして文章にして吐き出してみると、心の底で思っている〜してほしい、という感情があらわれてしまっているのかもしれません。
たまに酷く孤独だと感じます。
何のために頑張っているのかわからなくなります。
自分の意思があるのかわからなくなります。
誰かに嫉妬して、カーッと頭が熱くなって、でもそれもすぐ収まります。すると今度は自己嫌悪に陥ってしまう。
嫉妬するからだめなんだ、こう考えてしまうから可愛がって貰えないんだ、そうなります。
認めてもらいたいのだと思います。でも、他の人からの言葉を真摯に受け止める事も出来ないんです。
例えば綺麗ですね、とか、仕事頼りになる、とか誰かが認めてくれて、褒めてくれたとしても、その場ではもちろんお礼を言いますが、心に染み渡るような嬉しさを感じることがないです。
人を信じることができてないのかもしれない。
どうせ嘘だろう、と思っているのかも?
とても面倒な性格だな、と思うたびに、死にたくなります。
まだまだ人生長いのに、ずっとこれからも生きづらさを感じながら生きていかないといけないのだろうか。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
りぃふ
認めてほしい、まずその気持ちを自覚して、言葉にできる勇気。それがすごい!
実はとても難しいことだと思います。
誰かに認めて欲しいって思っても、その「誰か」は不特定じゃなくて、もともと特定の「誰か」だったはずです。
小瓶主さんにとって「誰か」とは誰ですか?
結局、その「誰か」の望むとおりにできないなら
正確に言えば「誰か」の望むとおりの自分になっても期待したとおりの承認を貰えないなら、
自分で自分を愛してあげるしかないんだと思います。
褒め言葉が受け取れてないのは、自分で自分は褒められていい人間じゃないって思い込んでいるから。
そのフィルターを外してあげると楽になるのかなって思いました。
どうか文字通り、ご自愛くださいね。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください