しっかり生きようと思っていても、しっかり生きていけるかは分からない。人生何があるか分からない。もう人生安泰だってすっかり安心できる時なんて、死に時が近くならないとこないんだろう。
とあるYouTuberが、半生を素のまま語って、この先の話とかしているのを見てて、みんな同じく人生に悩むんだなと思った。自分とは大分違った人生で、自分には持ってないもの、羨ましいものを手にしてるように見える人さえ、自分と同じように悩んで生きてる。
どうしていくだろう、私たちは。それでも生きるだろうけど。与えられた舞台で精一杯踊るしかないのだと、人生は生き様なのだと、言っていた人もいた。せめて、やりたいことやって、たくさん人を好きになって、最後に笑って死にたいな。
どっかで生き様が死に様って言ってた人がいたな。
要は死ぬ間際、あるいは死んだ後にそいつの人生がどういうものだったか分かるって意味合いだと思う。
俺の祖父は高校のサッカー部のコーチを長年やってて、結構人望も厚く、言ってみれば模範的な人間だった。
でも最期は癌になって、疑心暗鬼で自殺して、それで人生終わりだ。
それでも葬式はすげえ人数が来たよ、葬場の人が随分驚いてたのを覚えてる。
でもそんだけ多くの人間に慕われてたってことを本人は最期まで知らなかったし、死ぬ間際の感情はほとんど絶望だったろう。
そういうのを見てると、人生何が正しいなんてもんは結局無いんだよな、
一見仕事のできるエリートでも家庭環境はズタボロ、そんな人間はごまんといる。
君の言う通り、自分がやりたいことだとか、心の思うまま素直に生きて。それでだめだったらその時考えるしか無い。
更に言えば、人生なんて考える暇があったら今日の晩飯を考えるほうがよほど有意義だな。
と、俺は思う。肩の力抜いていこうぜ。