小4の女の子の父親からの虐待。
わたしも同じことされていました。
父親は帰ってくるとまずわたしを探してなにかしらイチャモンをつけて毎日殴りました。
お風呂に水を張って後頭部を掴まれて頭を押さえつけられ、いまだに水が出てこわくて、泳げません。
夜寝ていると蹴り起こされて、殴られて、父親が寝ている布団の枕元に連れていかれ、朝まで正座させられていました。
その間ずっと、父親が母親にこんなやつ産まれて来なければよかったんだとわたしの悪口を言い、母もそれに同調していました。
母がわたしを助けてくれたことは一度もありませんでした。
中学生になったわたしに対する父親の態度は少しずつ変わっていきました。
帰ってくるとおかえりのキスを強要し、わたしは殴られるのが怖くて笑顔で出迎えてキスしていました。
夜はわたしの体を疲れているだろうとマッサージするようになりました。
高校生になると、友達とのつながりをすべてシャットダウンされました。
部活に入ることは許されず、友達と遊ぶことも許されず、電話番号を教えることも許されませんでした。
クラスの連絡網で翌日の連絡事項の電話をクラスの男子がしてきてくれた時にキレて電話線を切り、わたしを殴り、蹴り、電話番号は変えられました。
それでもクラスの男子とこっそりつきあって、帰りに一緒に自転車で帰っていたところを見回りにきた父親にみつかり、車ではねられて、倒れたところを車にひきづりこまれて帰り、家でボコボコにされました。
いつもはみえないところを殴られていましたがこの時は顔を殴られて、お岩さんのように腫れてしまい、目が見えなくなったのでめずらしく母親が病院に連れて行ってくれましたが、階段で転んだと言えとキツく言われていて、医師にはそう言いました。
ある日、寝ていたら「この売女が!!殺してやる!!嫌なら香港に売り飛ばしてやる!!どっちか選べ!!」といって、バットで殴られ続けました。
次の日の朝、わたしは荷物を持って家を出ることにしました。
そうしたら、母がどこにいくの!?行かせない!と止めてきました。だけど...
「あんたがいなくなって、A(弟)がもし殴られるようになったらどうするの!?」と、言われました。わたしはその時に本当にわたしは産まれてこなければよかったと思いました。
そして、初めて母親の顔を叩きました。
「わたしにだって、心があるんだよ!!」
そして家を出て、親とは縁を切り、底辺を見ながら生きてきました。
今は結婚して子どもも大きくなりました。
自分が言って欲しかった言葉。
「産まれてきてくれてありがとう。あなたのことが大切だよ」
いつも伝えています。
SOSを出しているのに助けてあげられなかった周りの大人。
苦しいまま悲しいまま亡くなってしまった小さな命。
飛んでいってわたしが助けてあげたかった。
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小瓶さんは大切なひとです。あなたが頑張ってきてくれたからこそ、お子さんたちも無事に成長できたんです。ほんとに偉かったですね。そのことを誇りにおもってください。そして、ご自分が親にされなかったことを、小さな頃の貴女にし続けましょう。「たいせつな○○ちゃん。大好きだよ○○ちゃん」心に思い続けて、あなた自身を大切にし続けましょう。親があなたにしてくれなかったことを、あなたが自分にするのです。好きな人や物に囲まれる。自分の好きなことをするなど。私も毒になる親の元で育ち、カウンセラーや人の支えを借りながら十数年かけてここまで来ました。親にされたことを忘れる事は出来ませんが、手放すことはできます。あなたの人生はあなたのものです。
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