今日は何度か泣いた。
誰も分かってくれないという気持ちが際限なく膨れていく感じ。不足感。
今立ち向かっているのが、×を付ける自分、◎を付ける自分、どちらかに振り回されること。
台風に巻き込まれるようにボロボロになる。
×◎を付けているこの私こそ、本当の自分。存在、命というやつで、気づいた瞬間、感謝と涙が溢れて来た。
すぐに引き戻されるくらいまだ不安定なのだけれど。
すると、少しずつ自分の歩む道が見えて来た気がして、少し楽になった。
もう少しだからね、よく頑張ったね、と言ってあげると、また泣いてしまった。
ごめんなさいと思う度に×の自分に囚われているのだと思う。明日はどうだろうか。
どんな酷い状況だと思っても、そう思う自分は何にも欠けていない存在そのものである。
命そのものでいられるだろうか。
×の自分を○にしようとしたり、◎の自分を×にしようとしたり、決して手綱を引こうとしないこと。
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仰ること、よくわかります。
×とか○をつけている自分が本当の自分であって、×の自分や○の自分は自分ではない、ということ。
理屈ではわかってきましたが、そこに確かな納得がまだ行かない状態です。
来月、そのことを実感するはずのワークに参加します。
命も存在も言葉ではない世界だから、体感というか直感というかそういうことだと思う。
そこにあるのは安寧らしい。でも身体はマインドの世界にあるから、そこを行き来するようです。
言葉足らずでごめなさい。
涙はきっとその安寧からのメッセージなのだと思います。
今日は…2回…泣いた…××
海外ドラマで…別々に救助され…共に生きて…再会…抱擁…で…1回…×
2回目…あなたの…生き方…で…×
あなたは…
「自分を戒め」…「頑張って」…「生きてる」…!
僕は…生きる事から…逃げようと…してる…×
あなたは…「自分に厳しい」…「優しさもある」…そんなふうに…「感じたら」…
僕の…「目に涙」…×××
僕の…「心に刺さった」…
あなたに…「花○
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