なんとなく、本当にただなんとなく死にたいと、ふと思ってしまう。
別に病気をもってるわけでもないし、深刻な悩みがあるわけでもない。
仲のいい友達もいるし、家族仲もいいし、将来の夢もあるし、そのために第1志望の大学にも受かった。
勉強も運動もそこそこできるし、振り返ってみるとそれなりに上手く生きてこれたんだと思う。
でもたまにどうしようもなく死にたくなる。
朝起きた時、夜寝る時、授業中に外を眺めた時、友達との会話のふとした沈黙。
理由なんてたぶんないけど。
プツッてテレビの電源を切るみたいに、私の命も終わればいいのにって。
「君が手放した今日は誰かが死ぬほど欲しかった明日だ」
寿命を配分できるなら、欲しい人にあげるよ。ご自由にどうぞのメモでも貼って、ダンボールに詰めて、アフリカとかに配達してもらおう。
ここまでつらつら思いを書いてみても、結局何で死にたいのかなんて分からない。死にたいという表現があっているのかさえも曖昧で。
ただ無為に日々を過ごすだけなら、私じゃなくても良かったんじゃないかって。生まれてきたかった赤ちゃんはたくさんいて、たまたまお母さんのお腹に飛び込めたのが私で。そのまま生まれてきちゃって。こんな気持ちで生きているのが申し訳なくて。ごめんね。ごめんね、お母さん。ごめんね、ほかの赤ちゃんたち。
自分の気持ちも分からなくて。これからどうすればいいのかなんてもっと分からなくて。でもきっと自分から死ぬなんて出来ないから、このまま誰にも言わずに適当に笑って寿命が来るまで生きるんだろうなぁ。
どうすれば良いか分からないから、とりあえず明日も生きようかな。
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ななしさん
死にたいって思えば思うほどでもまだ生きたりないなあって思うことが僕たまにあるんです。ぼくは、イジメってほどじゃないんですけどかなりのいじられキャラで少し泣いてしまうことがあるんです。でも死のうとはあまり思いません。だって、まだ自分の人生の続きが気にあるから。そんな毎日を楽しいと思える自分がいるから。だから僕は、そんな毎日をネガティブにはとらえずポジティブ(+)に考えるんです。僕とあなたは違います。どうせ僕も死にたくてもそのまま生きるんです。」そこはあなたと同じかもしれません。だから一緒に頑張りましょう。
ちゃんと届きましたよ、主さんのお気持ち。
小瓶として、流していただいてありがとうございます。
一つだけ。
「死にたい」は、自分の感情を、思考を止めてしまう、言葉だと思ってしまいます。使っていると、そこで思考を止めることができ、便利な言葉になっていく。考えなくていい、楽で便利なことば。でも、他の人に言うことはできない言葉だから、自分の中に黒々と溜まるのです。慣れると少し怖いものだと、私は思います。その代わりに、別の言葉を使ってみてはどうでしょうか。
別件ですが、どこかの方言で「疲れた」ことを「えらい」というそうですよ。
なんとなく疲れた時、「えらいわ〜」と言ってみると、自分で自分を励ますことができて、良いかもしれませんね笑
参考になればと思います。
考えるな、とは言いません。
主さんの毎日が素敵なものとなるよう、祈っています。
またまた別件ですが、主さんの文章、とても読みやすくすきだなあと思いました。
また何かありましたら、小瓶を流してくださいね
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