27歳で転職活動をした頃は、ある意味で怖いものなんてなかった。
ダメ人間の中の上程度の自分でもそれなりに仕事を選べた。
現職の製品にも業界にも惹かれなかったけど、給与が良くて選んだ。
でも、この会社は来年にはないかもしれない。
社員半分リストラ、地方支店は閉鎖、本社事務所も縮小。
今月は毎日お通夜のような雰囲気が社内に漂っている。
そして、35歳の自分に何の能力もないことを嫌というほど痛感する。
自分が面接官なら「あなたの売りは何なの?」と指摘するだろう。
35歳、何かのプロでなければならない年齢なのに、何ひとつもない。
その時その時は必死だったけど、後になれば何も残っていない。
売上数字を達成できたのだって、全部運だった。
人見知りで臆病な営業マンも製品の業界知名度で売れただけだ。
ノルマを詰められるような会社ではなかったからだ。
自分が一番年下の会社でマネジメント経験もクソもない。
英語もその場しのぎを乗り切ってきただけで身になっていない。
良くも悪くも自分の先が見えてしまった。
どの求人情報を見てもワクワクしない。
反面、その仕事で板挟みになって辛い思いをしているイメージは湧く。
ましてや、自分は年齢的にも経験的にも職を選べるような立場にいない。
仮に運良く転職できたとしても、同じことを繰り返すだけ。
後がないから会社や業界のルールを踏襲するだけで、
恐らく何も挑戦することができまま歳を重ねて潰しが効かなくなる。
怖くて仕方がないです。
怖くて不安で、でも動けない。
動けば何かが変わるのは分かっているのに、動けない。
この年齢で失敗したら本当に後がないと分かっているから。
組織に準ずることばかり覚えて、切り開くことを意識しなかったツケだ。
本当は平穏で心が安らげる場所で、周りが自分を必要としてくれて、
そんな場所でそういう人たちの為に自分の力が揮える仕事がしたい。
自分の力が本当に誰かの役に立つ場所で仕事がしたい。
仕事の不安は歳を重ねれば重ねるほど体の衰えと引き換えに増幅していくものさ。
まだ35歳、能力で悩んでいるならやれるってことだよ。
それにね、家族を養うためには自分を捨て妻や子供に文句を言われながらもなりふり構わず収入を得なければならないから、自分の希望する仕事があるって羨ましい。
俺もね、若い時は自分中心に世界が回っているくらいの勢いで錯覚してた。
衰えることなど微塵も考えてなかったんだろうな。
上から目線でしゃべる人やこうしろ、ああしろ自己経験を押し付ける人も人生の過程の考えだったことにいつか気づく。
考えは歳とともに変わっていくもの。
俺の今の過程で言うと、攻撃は最大の防御ってとこだろうか。
何かを守るためには人生攻め続けなければならない。
攻め続ければ失敗はいつでも取り返せる。
当たり前かもしんないけど、攻め続けるとは他人を攻めることじゃなく自分自身に挑戦を課することね。
大きな挑戦より日々の小さな挑戦。
まだまだ!これからさ!!