小瓶主さんのお返事読みました。
自分は三通目さんではないので、口を出すとややこしくしそうな所ですが…
大人になったって、社会人になってから急に心の持ちようが変わるわけでもないし、実感していくから色々変わるもんだよ、きっと。
そうだなあ、方法の一つとして、イライラに直接アプローチしてみるのはどうだろ。
なんでイライラするのか、何にイライラしているのか考えて自覚してみるっていうか。失礼かもしれないけど、もしかしてご自身の事が嫌いだったりする?
もし嫌いなら、その部分のなにを嫌いに思っているのか、どういう風に嫌っているのか、なぜ嫌いになっているのかを自問自答で確かめてみるというのもいいかもしれない。(わからなかったら、わからない、がその時の答えでいいと思う)
しなくても全然構わないんだけど、自分の中で出来たなんらかの価値観が、嫌気やイライラを生み出しているという事もあるのかな、と思いました。
ナメクジ嫌いに同感。
俺もそこまで発散の方法は知らなくて、それでもなんというか、多分主さんも考えたと思うんだけど、誰かや何かに吐き出せば必ず発散ができるという訳ではない気がするんだよね。
吐き出さない、苦しくなりすぎない程度もやもやのたまったような中途半端な状態も、衝動に対処したりするために必要な要素に結び付くことがあるというか。
まあ別に鬱憤や衝動を堪えろっていうことじゃなくて、殺意や害意という形で吐き出すこと以外の、吐き出し方の形もあると思うから、行動でもって探してみない?
運動したり絵を描いたり詩を書いたり本読んだり音楽を聴いたり歌ったり、衝動的になった心情を思いっきり紙にぶちまけて書いてみたりとか。
今は冬も間近だから、春になって来る頃からの話になるけれど、花とか野菜とか植物を鉢植えとかで育ててみてもいいかもしれない。
…種からとか土壌とか気にすると、若干根気がいるかも。
もしかしたら胸に溜まることが苦しいのは、その衝動自体にもう溜まるスペースがなくて、主さんの中の別のスペースを圧迫しているからかもしれない。
という感じで、自分の中の世界を、絵を描くなり詩を書くなり歌うなり、少しずつ外にある自然やら音楽やら本やら世界に触れることで広げていってみるのはどうだろうか。
そしたら、ほんの少しくらいは衝動自体にも、延いては主さんにも死にたい思いが湧き上がったとしても平気でいられる余裕ができるかもしれない、と思ったよ。
完全には、はっきりしないものなのかもしれないと思うけれどなんの衝動なのか、いつの日か少しだけでもわかってくるといいね。
わからないままでいいこともあるけど、わからなくて苦しいこともないとは言えないから。