好きでこんなんになったんじゃない
自分が病気なんじゃないかって気が気でなくなったり、ささいな肉体の変化がどうしようもないことに感じたり、急に今まで食べてたものが体に悪かったんじゃないかって思ったり、この世界はもう終わりなんだって思ったり
好きでこんなんになったわけじゃない。
好きで時折現れるこんな非現実的な不安に苛まれているわけじゃない。
思えば小さいときからずっとこうだ。
自分は糖尿病なんじゃないかとか添加物は全て毒なんじゃないかとか遊びに来た祖母の作る料理を食べたら死ぬんじゃないかとか
大人になるにつれてそういう突拍子のない妄想じみた不安は減ったけれど
その分、よりギリありえそうな論理で作られた不安が襲ってくるようになった。
重苦しい。
言葉にしてみると本当に病気みたいだ。
中学生の頃、コンビニ弁当を食べながらそれに入っている添加物が不安になって、調べたら出てくる「〇〇は毒」という言葉にさらに不安になって泣いて、しまいにはもう売られたものを口にするのが嫌すぎて自分で料理までしだした。
どうしてもそういうものを食べるときは親に何度も「ねえこれは本当に大丈夫?」と何度も聞いた。
親は何度も面倒臭そうに大丈夫だよ、そんなわけないじゃん、本当に毒だったらそしたらもうみんな死んでるよ? と言った。
言われたそのときの「そういうことじゃない」という気持ちが、強迫症に苦しんでいる姉がそう言われたときの気持ちと似ているように思えたから私は当時、姉に味方気味だったのかもしれない。
まあそもそもどうしてこうなっていたかって、姉の影響を強く受けていた可能性は高いけれど。
実際、姉の病状が悪化していった中学のときが一番ひどくて、別居し出した高校からはそういうのはかなり減ったし、あってもすぐに持ち直した。
で、まあ今違う形で再発してるわけだけど(確認行為などをするというよりは、ああ終わりだ! と絶望的な気分になるみたいなそんな感じなので)。
思えば親はこれでなんで異常だってならなかったんだろうな。
まあこんなことで姉と同じ精神科にでも行ったところでどうにもならなかったと思うけど。
ちなみに今は自分が近視であることを気に病んで
「もう二度と裸眼でよく見えていた頃には戻れないんだ」
「もし災害や何かの事情でメガネやコンタクトのないところに放り出されたらもううまく見えないしそもそも視力差が左右であるから気持ち悪くなって死んでしまうに違いない」
「もし老いたらこんどは老眼などで今度は矯正してもうまく見えなくなるんじゃないか」
とかなんとか、不安やら後悔やら絶望で息が詰まりそうになってます、殺してねー。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです