屈託なくよくわからん輪の中に入っていけない自分がまるでなにか能力の欠如した人間のように思えて、そしてそれはきっと事実で、なのにそんな自分に優しく接してくれる集団に属していることが、ありがたいという気持ち半分、情けないという気持ち半分。
屈託のなさはその無防備さゆえに大きな傷を受ける可能性を持ちながら、人々の中では通貨のように出回り、人間関係を円滑にしている。
適切なお金の出し方が分からない。
これをくださいと店員さんにお金を渡したら「ああそれは非売品なんです笑」って言われそうなことが怖くて、何も言えなくなることがままある。
それはまだいい方で、それが怖くて何か言われてもあいまいな気持ち悪い笑い方で誤魔化してしまって自己嫌悪に陥ることもままある。
たとえばそれがコンビニでのことなら私はそんなことでいちいち恐れもしないし傷つかない。実際にそういうことがあったわけでも、その上で嘲笑されたことがあるわけでもないから。
だいたいどこでも嫌われる子供だった。し、嫌われても仕方のない子供だった。
「そんな子供はね、この世に1人もいないんだよ」
なんて言われたこともあったがまあそんなのは綺麗事で、実際には誰のせいでもなくどうしようもなく他人に不快感しか与えないどうしようもないガキというのは存在する。いたでしょう、クラスに1人や2人。
不快な客はいらないから突っぱねられた、たかがそれだけの経験が今になっても私の足枷となっていることが単純に不愉快だ。
いや、今はもう不快な客でないという確証なんてものもどこにもないんだけど。
必要なことはしゃべって、あとは黙ったままでいることが、本当は輪に混ざりたいという気持ちを隠さないでいることが
どれだけ周りの空気を乱すことなのか、どれだけ周りに感情労働を強いようとしていることなのか
分かっているのに、分かっているからこそ、このこわばりはどうしようもない。
いわゆる他を責めるための言い訳として内輪ノリだとかいうものがあるけれどそれってその輪の中の人たちが性格いい場合は実は関係なくて
そういうものをものともせずに飛び込んでいく奴は飛び込んでいくし、彼らはそれが変なものでない限りは受け入れる。
ここまで話すと
「それも含めてあなたの個性だ」
「人には合う合わないがあるんだから」
とよく言われるのだけど、私は自分が自分でなくなりたいわけではないし、彼らの悪いところが見えてないわけじゃない。
ただ選択する者でいたいだけ。
その輪に入るも入らないも選択できる強者でいたいだけ。
その輪が合わないのだと、悪いのだと、まともに入れたこともないくせに文句を言うような人間に、死んでもなりたくないだけ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです