「やめてよ!」
って言ってもどうせやめないし理解すらしない、だって相手はキチガイである
だから私も、キチガイになってしまえばおあいこだね?
「やめてよ!」
が通じない人間には、さらに苛烈な暴言か怒鳴り声。あるいは、暴力。
だって仕方がないでしょ、相手がキチガイなんだもん。
大きな声に被害者ぶって縮こまっちゃって可愛い、全部お前が悪いんだけどね。
母親は、両親は、悪い人じゃないし彼らなりに愛してくれてるとは思う、けど、話が通じない。
話の通じない人間に育てられたから、私も自分の言いたいことをうまく口にするのが苦手。姉も多分そう。
話しても通じないなら、話すことなんてなんの意味も持たないから。
嫌だとか、悲しいとか、辛いとか、疲れたとか、怒ってるとか
彼らにとってそれらは「自分のそれ」以外は忌避するべきもので、なるべく認識することを避けるべきものだった。
そのこと自体についてはもう随分と前から諦めてるから最近じゃ滅多なことでは怒りすら湧いてこないけど
たまに友達の親の話とか聞くと、その人の家庭環境の良し悪しは関係なしに「親って本来そんなに意思の疎通がうまくいく生き物なんだな」って、羨ましさよりも何よりも、感慨深く思う。
無知蒙昧のコミュニケーション障害者に育てられると大変である。運が悪いと姉のように病気になるし、バカだから、誰もその因果に気が付かないので。
「やめてっていくら言ってもやめないし、そもそも嫌がってることすら認めないし、それで暴れたら相手をキチガイ扱い」
それが彼らのやり方というか、彼らの知能の限界だ。
けれどそういう扱いをしてるうちに、不思議と、本当に気が狂って病気になるってなもんだから、恐ろしいよね。
無効化環境だったっけ、マーシャ・リネハンは正しいよ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください