先生の自分が分からないんだねって言葉を免罪符に生きてた。でも、それが嘘に変わってしまった。リワークで、自分のことが分からない人がいた。その人は、自分の性格や性質が書けないから、自分に当てはまるのをネットで調べてた。それを見て、ああ、自分が分からない人は自分の性格もわからないんだなってわかった。俺が本当は自分のことをわかってることもわかった。認めたくなかった。だって直視したくないから。自分がすること、思うこと全てが嫌いだ。それで誰かを傷つけるのはもっと嫌だ。だから、自分の全てが嘘だってことにして生きてきた。でも、嘘だって思いも嘘だった。これから俺はどうすればいいんだろう。自分の思いを否定せずに受け止める?そんな恥ずかしいことができるのだろうか。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
白蛇
こんばんは。
自分と向き合う時に、苦痛を感じたり傷付くこともありますよね。
どうすれば良いのか、私には正直、分かりませんけれども嘘か誠かはそれほど重要なことでも無い気がしなくもないです。
嘘も重ねれば誠になる、そんな風に思ったりもします。かくいう私も嘘つきで、併しながら、嘘も段々と手前の面に馴染んで来てしまって、まるで異なる人間として生きているかのよう。勿論、程度問題ではありますけれども。
幾度か小瓶を拝見して、出来るか出来ないかは兎も角として、頭の中だけでぐるぐる考えを巡らせるのは、時々休んでみてはいかがかしら? お辛いでしょう。
残酷なことを言うかもしれませんけれど、十人十色、全ての人間には価値と役割とがあると考えています。重いことかもしれませんけれど、全く別の人間にはなれないものよね。
良いんです、別に。
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