自己肯定感が高いひとは、
他者評価に囚われないのかな、
他者評価に囚われなければ、
傷つかないのかなって
ずっと考えていたんだけど、
たぶん
自己肯定感が低ければ、
上から槍を落とされるようで。
自己肯定感が高ければ、
下から爪楊枝でつつかれる感じ……かなって。
アリとゾウ、みたいな。
いや、ちょっとサイズ感違いすぎるかも。
アリと犬とかにしてみる。
アリだと小さいボールで潰されちゃうけど、
犬は小さいボールが当たっても、そこまで大きなケガはしない。(ボールの種類にもよるけど、)
そういう違いなんじゃないかなって。
(例え下手かも、)
だから自己肯定感が高いときは、
ちょっとやなこと言われたときに「嫌悪感」を感じる。
自己肯定感が低いときは、「劣等感」を感じる。
前みたいに、グサグサって言葉が刺さって けちょんけちょん になることが減ったなって思って。
何が違うのか考えてみたの。
・自分の意見がつぶれる
・誰かの言葉に傷つく
・心が けちょんけちょん になる
…こういうのはたぶん、
自己肯定感が落っこちないとわかんないよって。思ってる。
自尊心がない状態で生きるのって
すっごい苦しいんだよ。
想像できないと思う、
感じたことない種類の苦しさだと思う。
わかんないだろうな、
でもわかんなくていいなって。
わかんなくていいっていうのは、
皮肉とかじゃなくてね。
私だって、すっごいたくさん、
知らない苦しさがあるもん。
肌の色が黒くてしんどいこともあれば、
紫外線浴びれない体質でしんどいこともあるだろうし、
アトピーとかアレルギー体質なのもしんどいだろうし、
それぞれの苦しさが尊重されていいと思う、
それぞれ別の苦しさだもん。
(体質を例に挙げたのは、心の初期設定みたいなものって体質に似てるなって思ったのと、
単純にただパッて思いついたのがこれだったの。
似てるなって思ったのは、
生まれ持った「傾向」がそれぞれある。
努力で改善できることもあるけど、「傾向」そのものは変えることができない。
…みたいなところ、かな。)
そういうのと同じように、
「意見がつぶれちゃう」とか「傷つく」みたいな
そういう苦しさも、
尊重されていいと思う。
もちろん、私の苦しさも。
同じようなみんなの苦しさも。
最近ね、
人間って優しいんだなって思うの。
お返事は見てないから、
そこ経由で優しさを受け取るとかはできてないんだけど。
それぞれがそれぞれのやり方で、
優しくあろうとしてて。
なのにすれ違ってて。笑
人間て、健気だなって。
これは優しくて、
これは優しくなくて、…とか
私も思ってたけど、
全部優しいんだよって。思う。
言葉が通じないのと似てる。
優しさにも言語があって、
通じる人と通じない人がいる。
ー
歌詞、書いてる人って、
どんな気持ちで書いてるんだろうって
思います、最近。
だって
世界中のみんなに対して
優しい言葉を綴るなんて
私にはできない。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください