うちイカれてる姉がいるんだよね
うち、姉だけ異常なの!
そう言うことで私が姉を芯から軽蔑する。
姉を非人間的に扱い、彼女のどんな状況も背景も考慮しない。
そうやって家族をスケープゴートにすることで問題から目を逸らし続けていることに気づかない人間に昔から苛立ってきたけど
だけどそうすること以外に(親は別として)その人がその人として真っ当に生きる選択肢なんてハナから無かったのであり
彼らが間違っていたのではなく、非合理的な選択をし続けていたこの私こそが間違いを犯し続けていたのだと、今更気づいた。
人を人間扱いした上で共感を得ようとするからうまくいかない。
それが欲しいなら、徹底的に相手を貶める目的で言えば良いんだった。
そしてそれは、恨みから発されるようなドロドロした物言いではなく、何よりも単純でさっぱりとした残酷な言葉で表される。
ダメ、クズ、カス、ゴミ、異常、イカれている、キチガイ。
「お前のそれは異常だ」
と母は娘たちによくそう語ったが
そう、自分を正当化して相手にも納得させたいと願うなら、最初からそう叫べば良いんだった。
この世は叫んだ者勝ちで、遠慮・配慮した敗者から殺されていく。
「誰かに配慮した」
その誰かは、今日もその配慮を食い潰す。
そしてそれは彼らが悪いのではなく、与えた者こそが悪いのだ。
だって彼らはそういう種類の病気(それは特定の疾患というわけではない)で、また、こちらにはそんな彼らを救おうにもそんな力も資源も有りやしないし、そもそもそんな権限すらないのだから。
優しい人間でありたいが、私の立場で彼らに優しくするには、私は私でなくなるしかない。
本質的な優しさを本質的に助けることのできない立場でやれば、それはただの見捨てになるしかないのだ。
だから私は、彼らを見捨てるの。
いっときの救いを与えることは、誰にとっても害でしかないから。
いっときの救いを与えつづける誰かを、その残酷さを尻目に、私は彼女を見捨てる。
それが唯一の正解だった。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください