私は心底性格が悪いし、幼稚だし、ダメな人間だ。そのことにはなんの反論もない。
だけど、もうそれでいい。それで、いいんだ。
だから(だから?)もう人を恨むことも、無かったことを望むこともやめる。
私はそんな傲慢を働けるほど高尚な人間ではないし、同時にそのような「高尚な人間」などというものは真実どこにもいないのだともはや知っているから。
だから私は、ただただ、誰のことももう恣意的にどうこう思わない。
それは、思っても無駄なことだからだ。
いや思いはしてしまうのだろうけど、それを私の本気のものとしては取り扱わない。
そうすればそうするほど、ぬかるみにはまっていくのだともはや知っているから。
私は、ただただ、私と関わってくれた、全ての、全ての人間に感謝する。
ありがとう。
全ての人間のおかげで今の私があるから。
今の私に絶望することはもう飽きたから。
浅い絶望をしきったものだから。
私の重大な間違いも誰かの些細な間違いも悪意も、全てが全て、どう悔やんでどう怒りを感じても、本当に、しょうがないことだからだ。
私が生きている。
それだけで十分だ。
いや、それだけでしかないのだ。
どうやったって、生きるしかないんだ。
お門違いな感情を感じる自分もしょうがないんだ。
私はダメな人間だから。
その上で、生きていくしかないんだ。
そう考えたらなんかもう全部どうでもいいんだ。どうでもよくはないけど、どうでもよくなるしかないんだ。
どれだけギタギタにされようと、反対に、どれだけ繊細な性根ですぐさま傷つくような意気地なしでも、生きていくしかないんだ。
私が私を抱えて生きていくしかないんだ。
そんな当たり前のことを、知っていながら、ずっと納得できずに駄々を捏ねていた。
だけどもういいんだ、散々駄々は捏ねたから。
そんなこともとっくの昔に終了できなかった私は、たしかにダメな人間だ。
だけど、もういいんだ。
それが私だから。
ダメでいいよ。
すべての人間に感謝はするとして、人間からもらった都合の悪い呪いなんて消去してしまえばいい。
だから私はダメでいいんだ。
ダメでよかったんだ。
ダメなんだから、私は私がダメであることを正面から受け止めるべきなんだ。
ありがとう。
救いようもないような、どうしようもないような、こんな私の居場所はどこにある?
まともなところに、それはあるのだろうか。しかし果たして、それは必ずしもまともなところにあるべきなのだろうか。
今ある私の居場所は、ちゃんと、まともで、愛すべき物だろうか。しかし果たして、それは必ずしもまともで、愛すべき物であるべきだろうか。
私は、どれだけ私であることを己で引き受け、他人に委ねる必要があるのだろうか。どれだけを他者にとって明らかにし、隠す必要があるのだろうか。
ああ、社会は私に何も教えてくれない。
調節の塩梅も、そもそもその調節の必要なことすら、結局最後は自分で気が付くしか無いのだ。
しかし、それが社会で世界だ。
わからないことだらけだが、間違えたことばかりだが、それでも生きるしかなくて。
「死んだ方がいいよ」
「だけど、死んではいけないよ」
「生きるしかないよ」
頭の中で繰り返すこのBGMには、私の心を落ち着かせる以外のなんの意味も無い。
刻一刻と時は過ぎていく。
まともな選択も段階も取れず踏めずにここまできてしまった。
そんなことをのたまうには、まだまだ早すぎるだろうか。
それとも、丁度いい頃合い?
どちらでもいい。
私はきっと、遅れた人間なのだ。
遅れた人間なのだ。
別に、それでいいんだよ。
それでもいつか、どこかへ辿り着けるなら。
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