ずっと、疑問におもう
『僕は本当に生きているのか』
この、気味の悪い
ロボットを動かすかのような
俯瞰した自分が
生きているのか
幼稚園にいた時から
それよりも前からか
不思議に思っていた
その時からもう、僕は
どうしようもなく死にたがっていた
大人は言う、
死ぬってことがどういうことなのかわかっていない
と
でも僕はおもう
死ぬってのは、死ぬことでしかない
とも
周りが悲しむのは結果で
本人が死ぬのは過程で
その前の苦しみや幸せは
きっと始まりでしかない。
なんか、難しいこと言ってるなぁ
つまりさ、つまり…
僕は、死ぬってことを解ってない
けども知ってるつもり
置いていかれた側の気持ちも、
遺された存在側の気持ちも、
その時、一般的にはどんなことを思うのかも
それは全部味わったから
祖父母が死んだから、見てきたから
置いていかれたから、
知ってるつもりにはなれる
でも、知らないふりをして死ぬのは簡単だとも思う
僕は、そうやって死のうと思った
知らないふりをして、逃げようと思っている
結局僕は子供でしかない
誰かに望まれて生まれて、
誰かに望まれて生かされて、
周りが望んだから、まだ生きてる
これだけ見ても、
恵まれてるね、
けど幸せじゃない
僕は自分の人生を生きれない
だって子供だから
子供ってのは、残酷な生き物だ
よく言うセリフ、有名なそれ。
でも、子供が大人に義務をかすように
大人も子供に義務をかしている
子供には、
自分を守れるだけの地位も
家を飛び出すだけの財力も
社会に貢献できる程の権力も
持つことを法で禁じられている
つまり
子供は、オヤに依存しなければ生きることも許されない。
だから、恐怖をするのだ
保護者に嫌われることを
庇護者に捨てられることを
守護者がいなくなることを
全て、死と繋がるから。
そんな脆弱な生き物が、子供。
愛されなければ生きていけない。
だから人が
本能的に恐怖を感じる瞬間は
“嫌われる”=“愛されない”
と感じた時が多い。
理性があるのが人だなんて、
幼い子にそんなものはない
子供は、生きていることを望まれる
そこに理由があろうがなかろうが
待望や期待があってもなくても
生きることを、強制される
そんなこともある
つまり、僕は子供だから
僕の人生を歩めない
一人暮らしをして、
自分でお金を稼いで、
それから、少しは
社会の役に立って自尊心をあげる
そうすることに、憧れて生きてきた
でも、待ち疲れた
そうも思う
いつまで経っても大人は遠いし
どれだけ待っても時間は早くならない
おとなになったら、
子供になりたいと願うのだろうか
でも、僕は
やり直せる以外の過去には戻りたくない
同じ、道を辿るなんて
そんな地獄をまた歩きたくない
いや、そもそもやり直すなんてことすら
地獄でしかない
なんて、
これもただの子供の我儘だよ
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください