加害者が死刑になれば、被害者遺族の救いになるのか?
救いになるなら、死刑はあっていいと思う。
無差別で5人殺して、加害者1人の命で罪の償いになるのか?
加害者は死刑を前にして、「5人分の命の価値に跳ね上がった私」と考えないのだろうか。だって、そもそも死にたい人だろう。
これでは償いにはならない。
もしも死刑がなければ、刑務所内でただで食事を得て暮らすことになる。多分、この状況に腹を立てる人がいるだろう。
でもその怒りと死刑にするかどうかは全く別問題。真面目に生きているのにご飯を食べられないのなら、それはそれで社会課題。
自分がご飯を食べられないから、加害者がご飯を食べられる状況に腹を立てて死刑を望むのなら、それは八つ当たり。
悪いことをした人に不幸があったとき「ざまぁみろ!」と思う心理は、自分を律するためであって、他者に向けるものではない。
正直言うと、私に“すっごくすっごく嫌なことだけ”をした人が階段から転げ落ちて大怪我をしたら「ざまぁみろ!」と思ってしまうけれど。
嫌なことをしたことを反省して謝って欲しい気持ちの方が、おそらく本当の気持ち。
加害者が、死を前にして深く深く思うところがあるのなら、死刑はあっていいと思う。
死刑が、
・被害者の救い
・加害者の反省や後悔
として機能しているのかどうか。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください