私は私が嫌いなのだと思う。気が付いていなかっただけで、ずっと前から。
昔、本当にずっと昔、私が幼稚園児のときに担任の先生が母に「あなたの娘さんは自己肯定感が低い」的なことを言ったらしい。
当時から私は、部屋の隅で一人本を読む変な子で、あまりほかの子と話さなかった。
けれどそれを母から告げられたときの私はすでに小学校中学年で、どうやら周りの子より勉強ができて要領が良いようだと自覚してたから、「自己肯定感が低い?私が?あははそんなわけ、むしろ高いでしょ」と笑い飛ばしたし、実際母もそうは思ってなかったみたいで、その話はそこで終わった。
けれど、今となってはどうだ?
勉強ができる以外にとりえはあるか?
適当に周りに流されることは要領が良いといえるか?
本当に、私は私のことが好きだったか?
別に、私が無価値だと思ってるわけじゃない。(ありがたいことに)人より多少勉学に秀でてたのは事実だったし。
ただ、自分の名前がなんとなく気に入らないとか、
ふと鏡を見て「ブスだなあ」と思うのとか、
自分の言動を省みて情けなくなるのとか。
なんか、年を経るごとに自分の嫌なところが目に付くようになったんだよね。
名前が嫌い、顔が嫌い。
自己顕示欲はあるくせに人目を気にして動けないところが嫌い。
自分より劣った人を見て安心してしまうところが嫌い。
自分より優秀な人を見て妬ましく思うところが嫌い。
素直に気持ちを言葉にできないところが嫌い。
みんなとの楽しい思い出をすぐ忘れてしまうのが嫌い。
誕生日とかクリスマスとかバレンタインとかをどうでもいいと思ってるところも嫌い。
連絡とったりプレゼント用意したりするのを面倒くさいと感じるところも嫌い。
常識ないところが嫌い。
変なプライドが邪魔して人を頼れないところが嫌い。
…こうやって書いて、「私はかわいそう」と思おうとしてるところも嫌い。
先生が言ってたこと、正しかったかもね。
母は今も、私は自己肯定感が高いと思ってるだろうけど。
あはは。
死にたいな。
いやうそ、死にたいわけじゃない。
生きるのやめたい。
私が存在していたという事実ごと消えてなくなりたい。
そしたら、私のこと誰も覚えてないし。
誰も悲しまなくていいもんな。
…なんてのも、きれいごとか。
だって普通に死んだら、「私の像」が壊れてしまうから。
みんなの中の「優秀な私」が崩れるくらいなら、最初からなかったことにしてほしいと思ってるだけだよね。
そういうやつだもんね、私は。
あー、ほんとに、最低。
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