僕はつい先日自殺を試みて学校の帰りに死のうとしてた。けれどその朝、学校に行ってすぐ、先生に呼ばれてそれに着いていくと警察の人がいた。理由は多分前日に僕がその日死のうと思うということをある友だちに言っていたためその友だちが心配して警察を呼んだのだろう。そして僕の自殺計画は終わってしまった。その日から1ヶ月がたった。なるべく死にたいなどのネガティブな感情にならないように自分で努力をしていた。けれど現実はそう甘くはなかった。やはり最近死にたいなどの気持ちが出てきてしまったのだ。そもそもやっぱり僕は生きていたくないのではないか、死んだ方が僕にとっても幸せなんじゃないかと自問自答してるなかでやはり結論として出てしまうのが自殺が正しいのではないかということだ。ここでこれを読んでくれている人に問いたい。死んでも周りの人は僕を許してくれるだろうか。また、お返事にかいてほしい言葉がある。僕に「こんなたくさんの人を不幸にする人間なんて死んじゃえ!早く死ね!」と。どうかこの2つをお願いしたい。
お返事をください
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
白蛇
こんばんは。
センシティブな内容の小瓶は、流れるかどうか分かりませんけれども、毒にも薬にもならないような、そんな清潔な言葉を書き連ねても意味が無いと思いますので、素直な気持ちを書くことにします。
私は飛び降り自殺したことがありませんので、どんな感覚かは分かりませんが、死にきれなかった友人いわく、内臓がふわっとすると言っていました。その人はそこまでの高所からではありませんでしたが、両足を粉砕骨折していました。走馬灯が見えるかどうかは、良く覚えていないそうです。
少し前の小瓶を読みまして、少しでも慰めになればと以下を書きます。
私も長いのか短いのか分からない人生の只中に居りますのでよく分かりませんが、多くの場合、時間が経てば死んでしまった人のことは、心の中で風化して行くものです。空いた穴は別の何かがはまらずとも、次第に埋まって行き、その人の存在は徐々にこの世界から消えて行くのね。
色々の人が居なくなりましたが、それらの人達のことを思い浮かべても、私にはもう哀しいとか、寂しいとか、或いは清々したとか、その手の感情は無くなってしまいました。
そういった訳で、許す許さないという問題は問題にすらならないんじゃないかしら。
ななしさん
許す許さないではなく、悲しむか悲しまないかだと思う。
警察を呼ぶくらい真剣に心配してくれる友達のいるあなたのことだから、悲しむ人はたくさんいると思う。
生きる希望になってあげられなくてごめんねって思うと思う。
でもこれで悩みと苦しみから解放されたなら救われたんだろうか…と、せめてもの安らかな眠りを願うと思う。
でも寂しくて悲しくて、もう少しでも一緒にいたかったなと思うと思う。
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