「天羽でも、そんなに緊張することあるんだな」
しきりにネクタイをいじる俺をみて、設楽先生が問いかける。
「ええ、まあ。」
「お前のことだから、いつも通りやればなんとかなるだろ。」
「そーそー!瑠唯ならきっとだいじょーぶい!」
明來も、後部座席から身を乗り出し、ぐっと親指を突き立てる。
今日は弁論大会当日だった。
「すみません、車出してもらっちゃって。」
「いいってことよ。これも仕事だしな。」
いくら仕事とはいえ、明來まで乗せてもらうのは完全な厚意でしかない。
先生も素直じゃないよななんて思っていると、少し笑えてきた。
「ってか、瑠唯のスピーチ、今日はじめて聞くんだよねー。」
「俺もだ。聞いた話だと、オーディションから内容変えたらしいな。」
「はい。少し不十分な気がして。」
3人で和気あいあいと喋っていると、時間と緊張を忘れることができた。
「着いたぞ。」
会場に入ると、大勢の人が集まっていた。
そのうちの1人と目が合う。と、瞳をらんらんと光らせて、『お前は覚悟があるか?』と言われた気がした。
その目に圧倒されていると、思い切り背中を叩かれた。
「なんか自信なくしてるみたいだけど、らしくなさすぎ!もっと胸張ってなよ!」
明來のきらきらした笑顔を見ていると、こっちも釣られて元気になる。
「ああ。行ってくるよ。」
俺の出番まであと2人になった。というのに、まだ緊張が収まらない。
何故こんなにも不安になってしまうんだろう。そう考えていると、ある結論に行き着いた。
あいつがいないからだ。
その瞬間、俺は待機部屋を飛び出し、あいつを探し始めた。
廊下、階段、空き部屋。何処を探してもあいつはいない。
「あ。」
ピンときた。
トイレに駆け込むと、鍵のかかった個室を見つけた。
俺は扉をよじ登り、中へと飛び込む。
するとそこには、今の俺より少しあどけない、自分の殻に引きこもった俺が居た。
「ははっ。お前のことなら俺が一番わかってるんだからな。」
お前は、自分の領域に踏み込まれることが何より苦手だもんな。
俺はニヤリと笑うと、腰をかがめて同じ目線に立った。
「いいか。今から俺は、自分の力で道を切り拓く。お前も来るか?」
お前はぽかんとした顔を引き締め、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「行く。」
「さすが俺だ!」
俺は扉を開け放ち、お前の手首を掴んで駆け出した。
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