僕は今まで自分の名前に愛着がなかった。自分の名前なのは間違いないのだけれど、呼ばれても何だか違和感があって、まるで他人の家に間借りしているような居心地の悪ささえあった。「明日から別の名前で生きてください」と言われても2つ返事ですんなり受け入れられる。それほど愛着がなかった。まぁ、今もないけど。
そういう感覚を持っていると、名前を間違えられるということが失礼にあたるというのがいまいち理解できない。失礼にあたるということを経験上学習して理解できても、なぜそれを人が嫌だと感じるのか共感できなかった。
しかし、最近少しだけ分かるようになった気がする。好きな曲に「ちはる」という曲がある。"ちはる"-何度でも春を迎えられるように-という願いを込めてつけられる名前らしい。人の持つ愛情や温もりが祈りという形になって送られる。とても美しいと思った。
"ちはる"とい名前とそこに込められる祈りを知って、名前というのがどうやら僕が思うよりもずっと大切なものだということに今更ながら気づいた。相変わらず自分の名前に愛着は持てないが、人が名前を大切に思う理由が少しは分かる気がした。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
お手紙を読んで、
元ちとせ「語り継ぐこと」♩が脳内再生。
この世界に生まれてそして
与えられたあらゆる名前に
願いがある
小学生の発表ネタで
「名前の由来」ってありませんでしたか?
もしも、あったとしたら困ったでしょう、きっと。
意外に、友達の親から「あれ、困るよね」と言っている意見も聞きました。
ちなみに私の場合は、親子の会話のきっかけになりました。
でも、別に名前を間違えられてもいいと思うほどの愛着です。
動詞、名詞、助詞とかの名詞を言い間違えると、話が通じない場合があるから、名前は間違えない方がスムーズ。
よかったら、
元ちとせ「語り継ぐこと」をお聞き下さい。
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