普通にすることって大事だと思う。
高校生になって、環境が変わって、私が今まで大切にしてきた普通が、他の人にとってはどうでもいいことだった。
私は不器用だから、頑張って普通になろうとしてたけど、普通になる必要はないんじゃないかって思えてくる。
関わってる人が狂ってるっていうのはあるけど、それでいいんじゃないかってなる。
けど、それだと頑張って普通になろうとした私が否定されてるみたいでなんかやだ。
後、普通のレールから外れるのが怖い。
言うて私も普通のふりしてる異常者だと思う。
発達障害とまではいかないけど、ギリ健とかその辺だと思う。
それで、周りと違うって気づいて病んだ。
多分鬱病も持ってる。
病院行けって言われるかもしれないけど、シンプル親に言えない。
大人になってひとりで行けるようになったら絶対行く。
話題がそれちゃったけど、私はやっぱり普通になりたいのかも。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
どうも私、発達障害とか健常者とか鬱とか精神科医関連に疑惑を抱えている。
科学的根拠がなければ医師が病名をつけれないはず。ではその科学的根拠は差別や偏見が一切混じっていない科学か?
この問いかけは私と社会への問いかけ。小瓶主さんに対しての問いではありません。
読ませてしまってすまない。
お返事はここから。
どうしても「普通」が引っかかる。
もしかしたらだけど、
「望み・希望・理想=普通
よって普通を望む」
のではなくて、
「望み・希望・理想を目指す」
と考えた方がシンプルなのでは?
普通を望むとしても普通と意識しない方が歩きやすくなる気がする。
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