今まで落ち着いていたけど、何故かまたあの子のことで落ち込みが激しくなってきた。今まで夜に思い出すだけだったのに昼間にも思い出すようになった。理由はなんとなくわかる。
SNSでいじめられた方は会いたくも、謝ってほしくもないし、思い出したくないって沢山の方が書いてた。それを見て確かにそうだな。私も会いたくないなと反省した。
私が感じる気持ちをいろんな動画やブログサイトで調べて、どう生きたらいいのかも勉強した。同じ過ちをしないこと、良い行いをすること、誰かが自分と同じ過ちを犯さないように伝えることと書いてありました。最後に書いてあったことは1度しか見たことがないけれど、いじめられたことがある方の意見でした。
結局実行はできていない。
歳を重ねるにつれて私がしたことがどれだけあの子を傷つける行為だったのか、あの子と私の家族を悲しませる行為だったのかの輪郭が私の中でハッキリしてきている。
しかも私はこのことを理由に夢を追いかけていない。これは私と応援している家族に失礼なことをしている。私と言っても私として生まれてきた人生に失礼な感じがする。上手く言えない。小瓶に届いた返事を見て救われるがまたぶり返してしまう。この恐怖と罪悪感は一生消えないし、消してはいけないが前に進みたい。怖いけど親に言いたい。親は恐らく長い期間いじめられたことがある人だ。余計怖いし、苦しいけど言わないと進めない気がする。
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名前のない小瓶
うわあ、同じ思いを持ったことあります。私は間接的にいじめにかかわり、止めようともしなかった過去に対して罪悪感を抱き、それを口実にして夢を追いかけようとしなかったなあ。
でも、ちょっと思ったの。人生が魂の修行場であるならば、人は、いじめをする側も、いじめられる側も、どちらの立場も経験しないといけないんじゃないかって。私、ワーズ博士ー退行催眠とか、前世などのちょっとオカルトチックな分野の第一人者ーの本を拝読したことがあって、彼の主張を聞いてそう思ったの。どんな立場も経験するから、それがどんな影響を世界にもたらし、どんな意味を持つのか理解できるって。
それに、貴方は人を傷つけたかもしれないけど、それによって、ある意味代償とも呼べるような痛み、罪悪感、人生が止まるような気持ちーこれらを経験しているわけでしょう?人にした行為が、自分にもかえってくるというけれど、すでにいじめという行為が何をもたらすか、自分にとっても悪影響だったことを身をもって経験なさっているんじゃないかな。
その人には本当に申し訳ない気持ちは理解できる。そして、あなたは、その記憶を抱えつつ生きることが償いになるんじゃない?悪いことしたけれど、今度こそ、その人をも含めた社会の力になるって思いながらあなたの夢を実現できるように頑張ってみたら?あなたは自分の幸せを願うことに罪悪感を抱いてるかもしれないけれど、だれかが自分の幸せを実現するって、社会にとっても利益があることなんだから。
で、最終的には、謝るのがいいかもね。いじめを受けた側は会いたくないっていうだろうけどさ、それは彼らに思い出をフラッシュバックさせることになるだろうってことだけでなく、いじめた側の謝罪に誠意を感じられないだろうって彼らが思いこんでるからじゃないかな。心からの謝罪は、例え手紙という形をとっていたとしても、本気や熱心さが伝わると思うけどな。あちらの家族とか、周囲の人を通して伝えてもらうのもアリだろうし。
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