願わくば明日死んでしまいたい。明日、明日でなくても良い、明後日でもいい、でも近いうちに死んでしまいたい。
不安なことが多すぎて、幸せが見えなくなっている。
不安ばかり募って、幸せな日々も大事にしてくれる人も見えなくなっている。
でもみんな私が大事なんじゃなくて、自分が大事だから便利な私が大事なだけ。
明日死んだら、実は私が大切な存在だったことに気が付いてもらえるだろうか。それとも、すぐ忘れられちゃうかな。
不安だから死にたい、なんて言ったら怒られるだろうか。
でも、今が幸せで、今幸せな私には不幸な未来しか待っていなくて。いろいろな人を見て思う。みんな不幸そうな顔をして生きている。生きねばならない、たったそれだけの呪いで生き抜いている。不幸にも。
幸せだと思うかどうかは自己責任だと言いながら、自分の不幸を見ないふりをして生きている。惨めだと思う。
願わくば明日死んでしまいたい。朝日を眺めながら消えていなくなってしまえたら幸せだと思う。でも死に方がわからない。
楽しいことも楽しみなこともたくさんある、でもそれが終わってしまったら不幸な日々がまた続く。それが恐ろしい。
幸せなうちに、みんなに覚えてもらえているうちに死にたい。私とのかなわなかった約束をずっと忘れないでいてほしい。カレンダーを見て、そういえばあの子が死んだのは夏だった、と数年に一度でいいから思ってほしい。
やっぱりいなくなりたい。可哀相な私でいたい。死にたい。死んで、私がちゃんとこの世で必死に生きていたということをわかってほしい。いつもニコニコしていて優しくて、何言っても怒らない私が本当はすごくすごくすごく苦しんでいたことを知ってほしい。
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ななしさん
まさに過去の私と同じ気持ちでびっくりした。私が辛いことを誰も気づいてくれない、わかってくれないのが憎くて、恨みを書き殴った日記を残して消えてやろうとばかり思っていた。
まだ中学生だった。実際にその恨みに突き動かされ、母親の精神薬を大量に服薬した。しかし死ねなかった。救急車に運ばれて、薬のせいか病院の寝台の上で何度も点滴をぶち抜いてやらなければいけないという気持ちに駆られた。この日の後も、何度も死のうとした。けれどもその後、その日より死に近づけることはなかった。
その後は、行っていなかった学校に行くようになった。前より無理するようにした。最初は辛すぎて気がつけば泣いていることや、過敏性腸症候群の状態がより顕著になることも沢山あった。離人症や幻聴も酷くなり、自分は大丈夫なのか不安になることも多かった。だが、人前に出ると良い顔をしてしまうので、学校での話し相手も心なしか出来たように感じる。母と義父も、私が学校に行くようになってから仲が良くなったような気もする。(時間がたつと普通に喧嘩していて面倒で死にたかったが。)
今私がなんとか流れに乗れているのは、運もあると思うので、だからあなたにも頑張れとは言えないが、その辛い時期は自分が出ようと思わないと出れないし、出ようと思ってもなかなか出れない。私と同じであれば、ほんの少し気持ちが楽になる時期(少し安定する時期、1日くらいで戻るやつ)あの時に何か自分が頑張ることによって環境を変えられる行動を起こしてみてほしい。
この先のことは全部あなたが決めなければならないが、その行動をエンジンに、ゆっくり軌道に乗ってみると、何か変わるかもしれない。
頑張ってるときは、少し人に優しく出来ない(私の場合はODしている友達を上手くケアできなかった)ことがあるかもしれないが、法に触れていない限りは、あまり強く自分を責めないでほしい。次からは気をつけることと、その相手に誠意を込めて謝罪をし、自己嫌悪に浸るのもほどほどにそのまま行動し続けてほしい。
私はまだ中学生なので、あなたに助言出来ることも少ないが、何とか乗り切ってほしい。頑張らなくてもいいよ。今までと同じように乗り切り続ければいいよ。ただその内容を少し改めてみましょう。
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