自分以外の人格が
褒められて、肯定されるなら
私はこの世にいなくてもいいものなのではなかろうか
どうせ別の子がいる
私の人格が私である必要なんてない
なんで私は私なんだろう
なんで他の子が私として生まれてこなかったんだろう
いらないじゃん
変わってよ、もう疲れたよ
居なくなっても悲しまれないじゃん
悲しまれるわけない、だってそもそも気づかれないから
同じ顔、同じ声で、他の子が私として生きてくれるじゃない
他の人格が嫌いなわけじゃない
私を助けてくれるし、心配してくれる
無償の愛を沢山くれる
でも私には、もう、無理だ
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
私はいろんな人を見て、自分だけが不遇だ、自分はいらない存在だと思っていました。
でも、それって20代ぐらいまでです。今度は自分が子供を愛し守ったり、必要とするされる、配偶者からも愛し愛されーって面倒なことになります。
そうしていても子供が素直に親に従うわけがないし、配偶者がずっと同じ気持ちを持ち続けるわけがない、自分だってころころ変わる。
じゃあどれが必要な人格?どれも必要、どれも必要じゃないっても言えるんじゃないの。
特別な人格なんてそれこそ怖いし、誰しも特別じゃないのが現実の本当の姿なんじゃないかなあ。
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