「何してんだよ!」
慌てて駆け寄り、手すりから引きずり降ろす。
明來は固まったまま、何も抵抗しなかった。
「明來、本当に心臓に悪いから…」
そう言いながら、ドアの方へ向かうよう促す。
すると、明來は急に身体に力を込め、その場から動こうとしなくなった。
「ちょ、明來? 帰ろう、な?」
「…」
暴れはしないものの、じっと向こうを見つめながら動かない明來は、初めて見るようで少し恐怖を覚える。
「明來、皆待ってるぞ。な、帰ろう?」
そう諭すと、明來がピクリと反応する。
と、静かに口を開いた。
「皆って誰?」
そんなことを聞かれるとは思わず、口を噤んでしまう。
「ねえ、皆って誰なの? アタシ、誰にも大事にされてないんだよ。帰ったって、おじさん達に汚されるだけ。クソみたいなもんだよ。」
淡々と語る口元はリップグロスで彩られ、不自然な色っぽさが漂っていた。
ブリーチのしすぎで傷んだ金髪が風に吹かれ、アルビナとは違った見窄らしさに胸が痛む。
「答えてよ。皆って誰?」
一瞬、沈黙が世界を支配する。
と、バン、と荒々しい音が響く。
「山口!」
設楽先生だった。
その途端、明來の顔にようやく表情が戻ってきた。
呆れ、だった。
「五月蝿いな、邪魔なんだけど。アタシの人生、アタシに決めさせてくんない?」
厳しく言い放つと、俺の腕を振り払い手すりへと歩みだす。
「…俺。」
場違いな呟きが、宙に放り出される。と同時に、明來がこちらを振り向く。
「は?」
「皆って、俺。俺以外にもいると思うけど、俺は明來に居なくなってほしくない。」
自分でも驚くほどの辿々しい日本語は、自身に言い聞かせる意味合いもあったのだろう。
話の終着点も分からないままに、言葉を探りながら語る。
「…綺麗事ばっか。もう、いいや。」
その言葉は、青い瞳にブロンドヘアの少女を蘇らせた。
自分の凝り固まった脳に、ブーメランが突き刺さって痛かった。
気がつくと、明來はそこに居なかった。
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