私は謝罪や注意を素直に出来ないです。
正確には形上はできるけど、心が伴わないんです。
謝罪は謝る前にあれこれ言い訳を考えます。
頭では言い訳してもいい事がないのはわかっているし、謝らないといけないのもわかってます。。。
怒られるのが怖いし嫌です。
注意を受けても心の中で悪態をつきます。
うるさい。わかってる。もういいじゃん。ウザイなぁ。
と考えてしまいます。
「そっか大丈夫大丈夫、次から気をつけてくれればそれでいいから!」と言うような、注意っぽくない、謝罪についての許しに重きを置いた言葉が返って来た時は素直に聞けます。
私が思うに、完璧主義でミスした自分を許せなかったりするところと、プライド?のようなものがあるんじゃないかと考えてます。
ただプライドというものがよくわかっておらず、こういう感覚があるのも謝罪や注意についてだけです。部分的なプライド?なんてものはあるのでしょうか。
あとは怒られる恐怖と、謝るまでに頭の中でとてもとても反省して沢山謝罪の言葉を考えたりしてるので、注意されると「もういいじゃん!わかってるよ!!わかってるから謝ったんじゃん!」とうんざり?してしまいます……
こんなこと言っておいて説得力ないとは思うんですけど、反省はとてもしてるんです…
ミスに気が着いた瞬間からとても反省して、謝って、場合によっては5年は引きずります。
でもそのおかげか基本的に同じミスは絶対に繰り返しません。
あとは幼少期は担任の先生などから怒鳴られ▶︎謝罪の流れが多かったので、謝罪🟰怒鳴られるという意識も少しはあると思います。
どれが原因なのか、はたまた別の何かか分かりませんが、ずっと素直に謝罪したり注意を聞き入れたりすることができません。
バイトももうすぐ研修が始まりますし、高二なので進学もあります。その後は就職が待ってます。
そうでなくてもできないと困ることです。
心から注意を聞き入れて、素直に謝罪できるようになりたいです。どうしたらいいでしょうか…?
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ななしさん
注意する人の立場に立って考える
自分は悪くないとどこかで思っているから素直に謝罪出来ないんだと思う
注意された時は出来てないところを教えてもらえているだけだと思えばいい
ななしさん
小瓶主様のような人、実はかなり多いと思いますよ。
私もそう。一応神妙な顔で謝りながらも、
「こっちにも言い分があるのに…」
「何度も言われなくてもわかってるし!」
「人格否定はひどいんじゃない?」
「説教に酔ってるんじゃないこの人?」
なんてことを腹の中で考えていたりします。
ミスした自分の不甲斐なさに自分自身が一番憤っているのに、さらに追い討ちをかけられるのは耐えられない…。人間なら普通に抱く感情だと思います。
むしろ、どんな時でも素直に謝罪ができて、心から注意を受け入れられるような人の方が珍しいかもしれません。もはや聖人レベルですね。
そういう素直な人/素直じゃない人という人格の差があるというより、どんな人にも(立派な大人でも)、注意を心から受け入れられるときと、どうしても受け付けないときがある、というふうに割りきってみてはどうでしょう?
それに、的確で過不足のない注意と、頭ごなしの叱責やダラダラ説教、注意にかこつけたマウンティングとでは、された方の受容態度が違って当然だと思います。
おそらくですが、小瓶主様が受け入れられないって感じるのは、後者のような注意の仕方なのではないでしょうか?
ミスを自ら反省して、二度と繰り返さないよう努力できるだけでも、小瓶主様は素晴らしいと思いますよ。
ななしさん
私が思うに、相手と自分の差分が苛立ちや聞き入れたくない部分。
例えば、よそ見してジュースをこぼしたから自分でも反省しているのに、「何であんたは、いつもよそ見しながらやるのよ‼︎」って言われるみたいな。
気持ちでは反省しているし、いつもこぼしているわけではないのにそう言われてしまうみたいな。
よそ見をしてジュースをこぼしたことさえ反省せずに他人のせいにするなら問題。
だけど、反省すべき点を反省しているならそれで良し。
もしも相手が思うより反省していないとしても、自分の自由と責任だから、いつでも聞き入れなくて良いと思います。
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