満開だった桜は、脳に残り続ける。たとえその桜が儚く散ったとしても、満開の姿だけしか記憶にない。散ったことなど覚えていられない。その隙は美しい思い出で再び埋められる。
なのに、人間は死に際がハッキリと。楽しい思い出も色が抜け、いつしかそれすらも崩れ去る。
桜と同じように満開な人生だったら、私も“満開”で終わることができるのだろうか。
都合の良い海馬が、こんなにも憎たらしい。
そんなことを考えながら、酒を飲み干す。酒に溺れる人生なんて、満開どころか枯れ果てている。わかりきったことだろうに、なぜか期待している自分がいた。
満杯になった腹をさすれば、ひとときの幸福感を味わえる。この記憶も、満開と共に残り続けてくれないかな。そうすればまた明日、酒を空けずに済むというのに。
今日も枯木な自分にカンパイ。そう言って、残りの酒を流し込んだ。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
椛
もずくが書いた小説読むの初めてかな。
凄く素敵なお話やな。
読んでて凄く引き込まれた。
桜と同じように満開で終われたら、か。
そんな風に人生を終えられたのなら、きっとその人の人生は悔いのないものなんやろな。
私も満開で終われたら、満開でなくても最後まで花が咲き続いてくれれば良いのに。
この小説のタイトルが「無題」なのは、桜とは違って何も残らず「無」で終わってしまうからなのかなと思った。
あとこれも私が勝手に思っただけなんやけど、この話はもずくが自分と重ねてるのかなって、自分自身のことを言ってるのかなって思った。
ちょい長くなったごめん(_ _;)
この小瓶を流してくれてありがと。
良かったらまた小説書いてほしいな。
ザクロ
とても綺麗で素敵なお話ですね。
前にも書きましたが私はmzkさんの書くお話、小説が大好きなので、こうして見させていただけて嬉しいです。
mzkさんの文章。内容もそうなんですけど、言葉遣いがとても綺麗だなと思いました。お話全体の言葉に凄くまとまりがある感じがして読みやすいです。
語り手自身が人生を桜の一生と、照らし合わせるという文章がとても綺麗で好きです。満杯と満開、それによって得られる幸福感と美しさ。対比する言葉の統一感が素敵だなと思いました。
ここからはちょっとした考察です。「無題」というのは題がないということではなく、「無題」という題名だと思いました。
語り手にとって自身の人生は、満開ではなく記憶に残らない枯れ木の状態。何かが残るわけではない「無題」と表してしまいたくなるような人生なのではないかと思いました。
長くなりましたが素敵な小説をありがとうございます。また、mzkさんのお話を待っていますね。
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