「頑張らなきゃならないとき」なんてこの短い人生の中でもいっぱいあった。
習い事の発表会
大会
中間テスト
期末テスト
部活
高校受験
大学受験。。。
他にもきっといっぱいあった。
でも、ふと振り返った時。自分の人生で頑張れたことが何一つないことに気づいた。
いつも、なんとなくそれなりにやっていれば結果が出ていた。
「それなり」以上の評価を得ようとしなかった。
「天才」「秀才」「努力家」
そんな主人公のような人たちを見て羨ましいと思う癖に
失敗をおそれて何もしなかった。
「自分が頑張ったって何もできない」
「だったらこうしてだらだらしていよう」
って何もしなかったの。
だらだらしていたら、失敗したって「まぁ、あんなに適当だったし仕方ないよね」って思えたから
本気で努力して、本気で頑張った時。
その時の評価が「それなり」だった時が辛いから。
こんなんじゃだめだと思って、この前大学の研修で本気で頑張ってみたの。
記録だって、なるべく詳しくできるように頑張った
参考書も借りに行っていっぱい読んで。
「よしこれなら!」
そんな風に思って臨んだ研修の評価。
「あなたこんなに詳しく書いて何になるつもりなの?」
「無駄とは言わないけどさ。。。」
そして、そんな評価を聞いて悲しくて泣いてた時に言われた言葉
「きっと自分なりに頑張ったから悔しいんだろうけどさぁ。。」
辛くて、悲しくて、きっと悔しくて、もう全部どうでもいいと思った。
自分なりに努力したけど、結果はこのありさま。
指摘ばかりでよかったところなんて一つもない。
誰よりも時間をかけて研修場所に行って
いつもより頑張って予習して勉強して
対策して、睡眠時間も体力も全部削って頑張った。
それでも、
自分よりも研修場所が近くていっぱい寝れて。「まぁ、どうにかなるでしょ~」
位のテンションな子が自分よりもずっと評価がよかった。
何が駄目だったんだろうと思っても、面談では上の一言言われて完全に崩れてしまった後のことしか言われなかった。
そんなんならもう努力なんてしないって開き直って、
日本じゃ頑張った人の方が苦労すると周りが良くいってるし、
適当にそこそこに頑張るのがきっとここでの正解なんだって、
命を削って頑張ったって評価される場所なんてないんだって、
そうおもったの。
でも、別の研修先に行けばそこに人生をかけて頑張っている人たちもいて。
今の職を「後悔していない」とはっきり言いきれるそんな大人がいて。
うらやましくて、努力せず今この場にいる自分が惨めで。
またつらくなった。
この前の研修は結果的に途中で諦めてしまった。
私だって。私だって一度くらい最後までがんばってみたい。
「やりきった」って自分で思えるぐらい。。頑張ってみたいと思うの。。
でも、そのたびに否定されたくない過去の自分が邪魔をする。
くやしい、かなしい、惨めだとそう思っていても結局変われない。
つらいな。